第一話 5



 ――しばらくして犯人が逮捕された。

 経緯は仮説とたいして違いはなかったが、驚いたのは犯人が女だったことだ。

 工場長には前からセクハラをされ続けていた。そして、その日に襲われたらしい。抵抗しているうちに――というのが犯人の言い分だった。

 死人に口なし、真実は俺たちにはわからない。



「上野のパンダ、シャンシャンってもうすぐ公開だよな」

「珍しいな松任谷、絶滅危惧種に興味があるのか」

「特にはないがな。流行には乗っとこうと思って」

「なんだそりゃ」

「パンダってレンタル制で、中国に返すんだって?」

「そう。わざわざ金払って借りて、大きくなったら返還って変な話だぜ。その分国内の動物保護に使えばいいのに」

「多様な動物の実態を見る、というのは大切だと思うが」

「それは否定しないけどな。最近は『行動展示』とかで強制動物収容所みたいなところは減ったようだし」

「なんか動物園に恨みでもあるのか」

「興味がないだけなんだ。いわゆる『かわいい』動物はどうしても人間を投影してしまうしな。そうじゃない動物はただ気味が悪い。そういやパンダの原産地って知ってるか?」

「今更? 中国だろう」

「現在はな。主要な原産地は四川省の西側だが、それはもともと大チベットと呼ばれてた地域だ。それを中国が分捕ったんだ。日本も他人事じゃない」

「侵攻したってことか」

「ああ、中国をなめちゃいけない。シビリアンコントロールどころか『政治権力と軍事力は一体化していなければならない』というのが中国共産党で――事実、中央委員会総書記が中央軍事委員会主席を兼任してる。なあ、精神的支柱であるダライ・ラマが暗殺を恐れて亡命せざるを得ないって事態、想像できるか? 日本で言えば天皇陛下が亡命、みたいな話だ」

「なかなか怖いな」

「さらに『中華』だろう、昔っから自分たちのことしか考えないことではアメリカ・ファーストなんかの比じゃないぞ。そういう国が隣にあるってことは忘れちゃ駄目だ」

「まあ、それはそうと、ラクダのこぶって脂肪をためてるんだろ?」

「そうらしいな」

「あれ、ぜんぶなのかね?」

「知らんわ。クジラの脂身に似てるって話だけど……別に食いたいとも思わん」

「お前は探求心ってものに欠けるよな」

「お前と違って常識人だからな」

「そーいや某グラビアアイドルの初ヌード写真集が出るな」

「買ったら貸せよ」

「俺買うの前提かよ」

「買わんのか?」

「買うけど」

「さ、帰ろうぜ」

 





                    終

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