眠らない工場の密室 2
翌朝の学校ではバラバラ殺人の話題で持ちきりだった。
松任谷が新聞を教室に持ちこんでいた。地元の新聞も張り切って取材したらしく、事件の記事が一面ぶち抜きで掲載されている。
「やっぱり犯人の記述はないよなあ。ちょっと待て。面白いことが書いてあるぞ」
「なんだ?」
「工場は管理棟、第一工場棟、第二工場棟に分かれてる。もちろん通路で全部つながってるけどな。工場棟の方は日勤と夜勤の交代制で稼働しているが、事務所や応接室のある管理棟の方は夜間はほぼ無人になるそうだ。情報管理室は管理棟三階にあって、出入り口は一つしかなく、顔認証の鍵がついてると」
「なかなか進んだ工場だな」
「面白いのはここからだぜ。記録には最後に入室したのは被害者本人で、以降に誰かが入った記録はない。つまり被害者は鍵のかかった情報管理室で殺されたわけだ。バラバラのパーツはすべて情報管理室の床で見つかっている。これは密室だよ。密室殺人に現実にお目にかかるとは思わなかった」
「いや、水を差すようで悪いが、そう見えるだけだと思うな。例えば被害者が脅されてドアを開け、二人で入ったとしても何の問題もないわけだ。記録されるのは開けた者だけだ。それに、ああいうセキュリティは入る方は厳重にチェックするけれども、出る方はそのまま出られることが多いよ」
「へー、そうなのか」
「問題はそこじゃない。何よりも問われなければならないのは、『バラバラにしなければならなかった理由』だ。単に死体を放置すれば済むことじゃないか。手間をかけてバラバラにする意味が分からない」
「京極夏彦の本に『バラバラにするのは日常に回帰するための一つの方法』というのがあった気がするな。それじゃないのか?」
「今回の事件は死体を隠そうとしてないだろ? 床に全部放り出してるだけ――だったよな?」
「そう――だな」
「なら、ぜんぜん日常に回帰なんかしてないんだ。まあ、犯人が慌てていたことは確かだろうけど」
「相楽、ちょっと意味が分からんぞ。あ、やべえ、先生来た」
昼休みは調べものをするために電算室に来た。
ここに設置してある
今どきはスマホでも用は足りるのだろうが、実を言うと俺はまだガラケーなのだった。
その点では――松任谷にすら――馬鹿にされるのだが、常時通信している機械というのはどうも気持ちが悪くてな。
収穫は少しだけあった。LLエレクトリックで、近日中に画期的な新製品が発表される予定だったことがわかった。今回の騒ぎで多少延期されるようだが。
その日の放課後。
「相楽。CO₂を出さないという理由で原発を擁護する向きについてはどう思う?」
「また唐突だな。
俺は
「まあ『ただ考えるのが面倒くさいだけ』か『意図的に誘導しようとしてる』かのどちらかだろうな」
「ほう。理由は?」
「例えばガスを使うと汚染があると仮定する。お前はラーメン屋に行く。ラーメンが出てくるのを待ち、喰って金を払う。お前自身はガスを一切使ってないな? だからガスを使ってないお前はクリーンだ、って論法だ」
「調理場でガス使ってるのは明白なのにな」
「ウラン原料を加工する手間は入ってないんだ。使用済み燃料を処分する手間もな。それが第一」
「まだあるのか」
「基本的に原発ってのはボイラーだ。水を
「止めてても冷やし続けなきゃなんないのか」
「核物質は自然に崩壊して熱と放射能を出し続ける。原発を止める――というと安全な感じがするのは言葉のマジックだな。冷やし続けないと最終的にはメルトダウンだよ。原発を運転させたいのはどうせ止めていてもコストとしてはそんなに違わないからだ。なら運転して電気を少しでも売ってコストを回収したいのは自然な欲求と言える」
「まあ経営者の立場に立てばな」
「つまり原発が存在する限り熱は海に捨てられる。地理的には内海に近い、日本海の海水温度上昇率は世界平均の二倍以上だそうだぜ。CO₂なんて介さなくても直接に温暖化させてるだろ。それが第二」
「原発反対派かお前」
「三回目の被爆をしても
「で、24時間稼働して電力を必要としている工場でのバラバラ殺人事件だが」
「あいかわらずヤマト並みにワープするな、話が」
「レポート片付いたからな」
「そのまま書く気かおい。なんか食わせろよ」
「コロッケパンで?」
「オーケー」
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