第4話 Conclusion

 あれから何度死んだのか。正確な数は覚えていない。

 死は作業となっていた。生き返り、そして死ぬだけの作業。避けなければそんなに痛みはない。首が剥がれ、痛みが襲ってくる前に意識がとぶからだ。

 いったい何故こんなことになったのか。何が目的なのか。あの時、軽率に Tutorialなんて選択しなければ。

 もう何度も繰り返した自問自答を、また繰り返す。

 そもそも、これはチュートリアルのはずではないか。チュートリアルでこんなに苦戦するゲームなんて聞いたことがない。

 いや、違う。ようやくわかった。ようやく、認めた。本当に間違えているのは僕の方だ。

 これはゲームなんかじゃない。現実だ。怪我をすれば痛いし、四肢を動かせば疲れる。ならば、これは現実なのだろう。

 ゲームによく似た、現実だ。

 ふっと、体に力が戻ってくるのを感じた。同時に、心に微かな火がともる。

 それは一つの感情だった。人間の一番根底的な部分にある感情の一つ。

 思えば今更である。むしろ、今までこの感情が現れなかったのかが不思議なほどだ。

 それは「怒り」だった。

 化け物に向き合い、構える。

 慣れたタイミングで横に飛ぶ。直後、僕のいた地点に化け物が突っ込み、爆音とともに壁が盛大に吹き飛ぶ。

 塵煙の間から現れた化け物は、何事もなかったかのように僕に向かってもう一度構えなおしている。

 やつの行動パターンはいやというほど把握しきっている。突進のみで他の行動は見られない。突進後、壁に衝突してもダメージはなく、壁に激突してからもう一度構えなおすまでにかかる時間はおよそ5秒。そこから突進するまでにおよそ3秒だ。

 ――避け続けるだけじゃだめだ。かといって攻撃の手段が……。

 ――せめて。せめてあいつの動きが止まれば……!!

 そんな祈りは届くはずもなく、僕の体力だけが徐々に削られていく中、非情にも化け物のスタミナが衰える様子はない。

 頭も体も全力で動かし続ける。こいつを倒す方法を考えつつ、8秒ごとに全力で横に跳ぶ。

 考えろ。考えるんだ。これがチュートリアルだというなら、あるはずなんだ。クリアする方法が。

 横に跳び、躱す。また、躱す。少しでもタイミングを誤れば、吹き飛ばされるのは僕の身体だ。

 そんな紙一重の攻防が長く続くわけがない。体力の限界を迎え、膝から崩れ落ちた。

 ああ、くそ。また僕は死ぬのか。ここで、永遠に死と再生を繰り返すことになるのか。

 ――嫌だ。

 「……よ」

 自然と口が動いていた。体力も、心も、限界だった。そこから湧いてきた怒りを、この目の前の獣にぶつけられないことが、なにより悔しかった。

 僕の身体が吹き飛ぶまであと数秒もない。それでも、なんとか体を起こす。

 「……れよ。害獣風情が!この俺を嬲り殺し続けるなど、容認してなるものか!!」

 化け物が筋肉を収縮させる。

 許さない。絶対に。

 睨みつけ、大きく息を吸い込む。

 一瞬、化け物と目が合った気がした。それを合図に叫ぶ。同時に化け物も視界から消える。

 「止まれ!!」

 ヒュン、という風を切り裂く音とともに爆風が僕を襲う。

 その風がだんだんと緩やかになり、周りを舞う塵も、だんだんとその動きを遅らせる。

 目の前では化け物が腕を振り上げている。本当に一瞬でこの距離を詰めてきたのか。改めてはっきりと視認すると驚くべきことだ。そしてゆっくりと、僕の頭めがけて振り下ろし始める。

 逃げろ、と頭では指令を出しているのに、体が反応しない。

 また僕は死ぬのか。次も、その次も。ずっとずっとずっと。嬲られ、殺され、弄ばれ続けるのか。

 目の前の現実を否定するように目をつむる。しかし、いつまでたっても、その腕が振り下ろされることはなかった。

 時の感覚が戻り、風が頬の横を吹き抜けていく。

 ゆっくりと目を開け、目の前の光景をしっかりと頭に入れていく。

 眼前で止まっている化け物のかぎ爪。あるはずのものがない頭部。そこから滴る血液。そして、どこからか流れてくるファンファーレ。

 ――やった……のか……?

 化け物は彫像のように固まって動かない。

 やった。やったんだ。少しづつ実感が沸いてきて、安堵のため息を漏らす。

 「は、はは……。ははははははは……!!」

 どこからともなく、笑いが込み上げてくる。いったい何がおかしいのか、自分でもよくわからなかった。

 ひとしきり笑った後、僕の意識は途切れた。

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