エピローグ 世界で一番大好きな姉さん

 公園や学校を彩る桃色の花飾りが、新緑に変わり始める頃。

 ぼくと姉さんは、テレビゲームに興じていた。

 10連休のゴールデンウイークで、2人でしたいことをやりきってしまったからだ。


 最初の2泊3日は箱根で温泉旅行。

 宿泊先は部屋にまで露天風呂があるという、かなり高級感のある温泉宿。

 姉さんは「せっかくだから一緒に入ろうよ」などと変な誘いをしてきたが、そこは丁重にお断りをしておいた。

 しかし僕の入浴中に、お酒に酔った勢いで突撃してきた(しかも全裸で)ときにはさすがにびっくりしたが。

 それ以外にも、海賊船に乗ったり、ロープウェイで火山の眺めを楽しんだり、温泉卵を頬張ってみたり、僕にとっては久しぶりの「家族旅行」を満喫した。


 荷ほどきと旅行休みに1日を挟んだ次の日は、両親の墓参りに行った。

 納骨して以来1度も訪れたことはなく、供えてあったシキミはとうに片付けられ、雑草がそこかしこから顔をのぞかせていた。


「すごいねぇ……」

「まあ、管理人さん以外は誰も来なかったって言うし。来ても僕ひとりじゃ掃除なんて無理だし」

「じゃあ、これからはちゃんと毎年掃除ができるね」

「……そうだね」


 墓石を綺麗に磨くと、ほこりをかぶっていた「片倉家之墓」の文字がはっきりと読めるようになった。

 姉さんと一緒に手を合わせると、隣で「よろしくお願いします」と小さく呟くのが聞こえた。


「どうしたの?」

「そういえば、ちゃんと挨拶してなかったなぁ、って。だから、これからお世話になります、よろしくお願いしますって」

「……そう」


 このあたりはよく分からないので、適当に返事をしてしまったが。


 ******


 レースゲームの4試合目、最終ラップ最後の直線コース。

 先行していた姉さんをゴール直前でかわし、有終の美を飾った。


「やった!」

「あああっ……」


 僕の歓喜と、姉さんの悲痛がリビングにこだまする。

 なぜここまで盛り上がったかというと、「負けた方がなんでも1ついう事を聞く」という条件があったから。


「……よ、要求は」

「別に大したことじゃないよ。姉さんをいじめるのは好きじゃないし」


 姉さんがほっ、とため息をつく。

 残念だけど、安心するのはまだ早いよ。


「うーん……どうしようかな……」

「……」


 処刑されるのを待つ武将のような表情で僕の答えを待つ姉さん。

 突然、ある考えが浮かんだ。


「……後日持ち越し、ってことでいいかな? 今はちょっと準備してないし」

「えっ…? 準備って、なに……?」

「それはお楽しみ、ってことで。いいかな?」

「いいけど……」

「じゃあ、約束」


 ******


 3日後の昼過ぎ。


「こ、これはちょっと……恥ずかしいかも……」

「でも、似合ってるよ」


 赤を基調とした、ワンピース風の装い。

 首のあたりは詰襟になっていて、腰のすぐ下から入るスリットからは、姉さんの綺麗な白い脚がのぞいていた。

 いわゆる、チャイナドレスだ。

 注文したものがすぐに届く。通販最高。


「なんでこれなの……? メイド服とかあったでしょう……?」


 突っ込むポイントがおかしい気がする。もしかして、姉さんは天然?


「いや、なんとなく。1回くらいこういうのも見てみたいなぁ、って。写真撮るからポーズよろしく」

「えっ!? ちょっとタッくん、それだけは勘弁して!」

「罰ゲームは罰ゲームだから。はいポーズ」


 持っていたカメラで、姉さんが羞恥で顔を赤らめている瞬間をためらいなく収めていく。

 心ゆくまで姉さんのコスプレを堪能した後、カメラを片付けた。


「ねえ、あと1つだけ……いい?」

「なぁに……? また変なのはやめてよ?」

「その恰好で、さ。膝枕してほしい……」


 流石の僕も、チャイナドレスの姉さんを前にして言うのは恥ずかしかった。

 姉さんは少し迷った後、


「いいよ」


 と応えてくれた。

 床に正座した姉さんの太ももへ沈み込む。

 少しひんやりとしていたけれど、いい匂いがした。

 そしてそのまま、僕は姉さんの膝で寝落ちた。

 

 ******


 心地よさが後悔に変わったのは、夜のこと。

 洗面所で、自分の顔に落書きを見つけた。

 黒いサインペンで、「ばか」と。


「ね、姉さん!? 何してくれたのさ!?」

 

 扉の向こう、リビングにいるだろう姉さんに向かって叫ぶ。

 その問いに、姉さんは一切答えてくれなかった。


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僕の愛する姉さんが男の娘でした。(#ぼく姉) 並木坂奈菜海 @0013

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