第1話 これが僕と姉さんの出会いでした。
我が家は僕と姉さんの2人暮らし。
親は……もう、いない。
そして僕と姉さんは、本当の姉弟……もとい兄弟ではない。
正確に言うと、姉さんは7つ年の離れた
そんな姉さんと僕が初めて出会ったのは、2年と半年くらい前になる。
僕が今のちょっと複雑な身の上になったのは、そこから更に3ヶ月前。
両親が交通事故で死んだ。
高速道路で後ろから暴走してきたスポーツカーに突っ込まれ、運転していた車がそのまま一回転も吹っ飛べば、シートベルトもエアバッグも役には立たない。
幸いなことに親戚はみんな善い人ばかりだったけれど、助けられていてもやや苦しいところはあった。
1人暮らしになって、段々とその
僕を引き取りたい人がいる、と。
引き取るといっても、引っ越しもなければ転校もないし、要は同居して手伝いがしたいという人が現れただけのこと。
最初は断っていたものの、生活の狂いに気がついていたおばあちゃんに、意固地にならなくていい、母親とはいかずとも、姉のような存在が居れば気持ちが少しは楽になる、と説得され話を受け入れた。
そうして祖父母同席の上、お見合いのように対面したその人こそ、姉さんだった。
久々に満席になった食卓で、初めましてと挨拶を交わしたのが本当の始まり。
すごく綺麗な女性だ、というのが第一印象。
一目ぼれ、とまではいかなかったけれど、完全に断りたい気持ちは消え去っていた。
******
「今日からよろしくね、拓海くん」
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
「そんなに固くならないで。もう家族なんだし、好きに呼んでいいんだからね?」
「でも、みなみさんは年上だから……」
「ダーメ」
口を人差し指で抑えられてしまった。
「私のことは、お姉ちゃんって呼んでいいから」
「嫌です」
みなみさんの手を掴み、口元から引き離す。
「じゃあ、姉貴?」
「イヤです」
「じゃあ、姉御?」
「なんでそうなるんですか」
「なら、お姉様は?」
なぜ他人に「姉」呼びを強要してくるんだ。
お姉ちゃんとか明らかに子供っぽいし、あとの方に至っては訳が分からない。
「……姉さん、でいいですか」
「いいよ。じゃあ拓海くんはなんて呼べばいいのかな?」
「みなみさんの好きにして下さい」
「だから、そんな他人行儀な呼び方しなくていいの。あと、敬語もお姉ちゃんに使うのは禁止ね」
「……」
みなみさんの顔が、柔らかく微笑みながらもそうしろ、今呼べと言っている。
やれやれと、ため息をつく。
「……ね、姉さんの好きにすれば」
「そう。じゃあ改めてよろしくね、タッくん」
そんな呼び方は両親くらいしかしない。わざとなのか、それともただの偶然だろうか。
そんなこんなで、僕と姉さんは家族になった。
******
僕の身の上については友達には話していたが、年上の親戚、しかも女性とひとつ屋根の下なんて現況を語ればそこは男子高校生、大挙してくるに違いない。
姉さんは「友達もいて、それなりに高校生活ができている」と安心するのかもしれないが、無駄に騒がしくなったりするのが僕は嫌だった。
ただ真っ赤な嘘をついても仕方ないので、親戚の人がしばらく同居してくれることになった、とだけ言っておいた。
1人暮らしから、2人暮らしになって少し楽ができるようになり、休みの日にまた遊べるようになったということで、周りは「ようやく日常に戻った」という感じだった。
事実、朝の家事は全て姉さんがやってくれるようになったし、休日の家事は半分ほどに減った。
僕自身も慌ただしい生活から解放され、心に余裕を持てるようになったような気がしている。
あとは、それまで意識することの無かった「年の近い異性」という点で多少ぎくしゃくしたものの、何かある度に姉さんが優しくしてくれたのでさほど問題にはならなかった。
******
同居を始めてから、半年くらい経ったころ。
ソファに座って、恋愛ドラマを見ていた姉さんに呼ばれた。
「タッくん、こっちおいで」
ぽんぽんと、自身の左隣をたたく。
おずおずと示された場所へ座る。
すると姉さんは、僕のからだへ両腕を回した。
「えっ……?」
「よしよし」
そう言いながら、僕の頭を何度も優しく撫でる。
久々に感じる、他人のぬくもり。
ふと心も体も緩みきったのか、目頭が熱くなった。
すうっと、頬をつたったのは涙だった。
「良いんだよ、甘えたって」
このとき、僕は自分自身が隠していた気持ちに気がついた。
寂しかったんだ。
3ヶ月といえど、突然の大きな空白に耐えられるはずもない。
けれど誰にも見せることはできない。だから無理矢理フタをしていた。
知ってか知らずか、姉さんがそれを開けてくれた。
姉さんの体温が、凍えきった僕を柔らかく溶かしてくれる。
僕の後頭部に当たっている姉さんの柔らかい左胸は、まるで母親のよう。
姉さんの優しさに身を預け、自分が落ち着くまで泣いた。
******
姉さんと同居を始めて1年と少しが経ち、すっかりその存在にも慣れ、時折友達を家に呼ぶようになった。
そのたびに、姉さんは優しく応対してくれる。
そんなころ、僕は姉さんの「秘密」を知ってしまった。
ある日、姉さんに誘われて近くの大きな公園で散歩でもしよう、ということになった。
まるでデートみたいじゃないか、と言ったら、姉さんは優しく微笑んで「そうだよ」と堂々と返してきた。
「それに、紅葉も綺麗だっていうし、せっかくだから見に行かない?」
「それは姉さんが見たいだけじゃないの」
「そういわれたらそうなんだけどねー。タッくんも一緒に行こうよ」
「……分かったよ」
「じゃあ、着替えてくるから待っててね」
姉さんはそそくさと、自分の部屋へと向かった。
僕は普段通りの服で別にいいのだが、女性はそうもいかないらしい。
近場でも最低限の身だしなみはしておかないと、出るに出られないとか。
へぇ、と思いながらテレビをつけて姉さんを待つ。
すると、
「ひゃっ!?」
という声がして、天井から大きな物音がした。
「姉さん大丈夫!?」
「だ、大丈夫……! 来なくていいから!」
語気の強さに、大丈夫ではないと判断した僕は急いで姉さんの元へ駆け上がった。
部屋の扉を強めにノックする。
「姉さん、大丈夫!?」
「とりあえず、入ってこないで!……ひゃあ!」
また物音がした。
今度は何かが崩れる音もついてきた。
「大丈夫なの、本当に!?」
「着替え中だから、入らないで!」
そういえばそうだ、緊急事態とはいえ異性の着替えに乱入なんてできない。たとえ家族でも。
「ほんとに、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫だから……きゃあ!?」
今度は何かにぶつかる音だった。
「明らかに大丈夫じゃない音がするんだけど!?」
「大丈夫だから!! とりあえず入ってこないで!!」
「ごめん、入るよ!」
「だ、ダメええええええええ!!」
こちらへ駆け寄ってくる音がしたが、扉を開ける方が早かった。
中を開けてまず目に入ったのは、本や雑誌が散乱している光景だった。
何に使うのかは分からないが、メイク道具らしきものもあった。
そして当の姉さんは、顔を真っ赤にして立っていた。
……下着姿で。
淡いピンクに、花柄らしき刺繍とアクセントの小さなレースのブラジャーが可愛らしい。
……へえ、と思っていたのもつかの間。
下半身に目を移すと、揃いのパンツが、不自然に膨らんでいた。
後ろの方ではなく、前である。
擬態語で表現するなら、ぽっこりというか、もっこりと言った感じである。
僕は同じものを見たことはないが、その布の向こうにあるモノは想像がつく。
何より、僕自身がいつも見慣れている上、女性には本来存在しえないモノ。
「ね、姉さんって……まさか、男だったの……?」
姉さんは答えなかった。
ただ、泣き出す一歩手前のような、それでいて困ったような顔をしていた。
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