第2話 姉さんは女装男子でした。


 その日のお出かけは中止となり、代わりに食卓会議となった。

 姉さん自体は着替えを済ませたものの、お互いにまだ落ち着かない状況だった。

 僕の中では大激震がまだ続いていた。

 ……あの姉さんが、男だったんて。

 時にいたずらっぽく、時に可愛らしく、時に母親のようでもあったあの姉さんが、男だった。

 ショックの大きさは、ガリレオに地動説を唱えられた聖職者にも匹敵するかもしれない。

 とにかく僕は、突如湧き上がったこの大問題に立ち向かわなければならなかった。

 しかし、言わなければ何も始まらない。

 何とか拾いかき集めた言葉を、姉さんに投げかけた。


「あ、あの、さ……本当に男、なの……?」


 聞くだけでも声が震える。

 その言葉に耳を傾けたあと、姉さんは答えた。

 さっきまでの恥じらいはどこへやら、一転落ち着いた表情で。


「うん。そうだよ。何なら、確かめてみる?」

「どうしてそこまで堂々とできるの……?」

「タッくんなら、触られても平気だから」

「そういう問題じゃなくて!!」


 声を荒げそうになったのを押さえたつもりだったが、中途半端に大声になってしまった。


「どうして、今まで黙ってたの……?」


 身近な家族、それもたった一人の姉さんに。1年以上の間。

 悪意のある言い方をすれば、「騙された」に近い。

 もちろん、元は他人だから隠し事の1つや2つ、あったところで何ということはないのかもしれない。

 だけど、姉さんは「家族」と言い切ったのだ。

 しかも、同居を始めたその日に。

 だったら、話しておいて欲しかった。

 こんな裏切りのような形で、暴露されたくなんて無かった。

 勝手に入った僕が悪いのかもしれない。

 それでもやっぱり、こんな大きなことを「秘密」にされていたのが、どうしても許せなかった。

 赤の他人を簡単に受け入れたふりをして、相手には壁を作る。

 どうして、どうして、どうして……。


「タッくん」

「そんな呼び方しないでくれよ!!」


 姉さん、と言いたくなるのを必死でこらえた。

 結局僕は赤の他人なのだ、親戚とは言え肉親などではない。


「……タッくん」

「やめろって言ってんだろ!! 赤の他人のくせに!!」

「やめないよ。今まで黙っていたのはごめんなさい。でも、私はあなたの家族。それだけは、変わらないよ。赤の他人なんかじゃない」


 いつもと変わることのない、優しい声。

 でも、その優しさが、今の僕にはいらだちの種だった。


「何が、家族だよ……!!」

「そうだよ。例え何があっても、私はタッくんの家族」


 不意に立ち上がると、僕の肩を優しく抱いた。


「ごめんね……ずっと、言えなかった……」


 僕の右肩が、少し濡れていた。


「ごめんね……ごめんね……」


 何度も繰り返される言葉を聴きながら、ようやく自分も落ち着くことができた。


 ******


 お互いに落ち着いてから、再び話を再開する。


「それで、どうしてずっと黙ってたのさ」


 姉さんとも、兄さんとも呼べない僕の「家族」。

 僕はこの人を、どう扱えばいいのだろうか。


「別に、わざと隠してたわけじゃないの。ちゃんと話すつもりはあったよ。それがあんな風になっちゃっただけ」


 なんだか、よく分からない。


「じゃあ、どうして、その……女装、してたの」

「別に、女の子になりたいとか、そう言うのじゃなくって……んー、気がついたらいつの間にかこんな感じになっちゃってた、かな?」

「えっ……」


 拍子抜けだ。

 前もって心づもりをしておくほどの重大なことが、たったそれだけのこととは。


「そうだね……趣味とか、そう言うのじゃなくって、したいからしてる、って感じ?」

「全然分からないんですけど……」

「タッくんにはまだ難しいかな」


 女装くらいならさせられたことがあるが、自発的に……というのはなかなか理解が追い付かない。


「そもそも、おじいちゃん達は知ってるの?」

「知ってるよ。ただ、親戚全員ってわけじゃないけど。タッくんのご両親は、知ってる側だったね」

「男……であってるんだよね?」

「まあ、そうだね」

「じゃあ、は男が好き……なの?」

「それも違うね。タッくんは『家族』だから例外だけど」


 これまた微妙な反応だった。


「あと、お姉ちゃんでいいよ」

「……それは、無理かもしれない」


 見た目が完全に女性なので、外なら良いかもしれないが、2人の時までそう呼ぶのは個人的に抵抗があった。

 今までそうだったのだから、というものでもない。


「だって、兄さんは男なんでしょ? だったら別に」

「それもちょっと違うかなぁ」

「どうして?」

「ちょっと、昔の話になるけどいいかな?」

「うん」


 姉さんは、『大人の闇』を語り始めた。

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