安寧
コートを肩に引っかけたまま部屋へ向かおうとする刑人に、夕飯は食べないのか、と問えば、
「寝たらすぐ出るからいい」
と、肩越しに手を振って紅太の部屋へと消えてしまった。
――本当に、何を考えてるのかわからない。
といっても、兄は昔からああいう性格だったように思う。いつもふらふらしていて、飄々としていて――いつも誰かに笑いかけている。
自分の兄なのに、どこか遠く感じる。
紅太はカーテンを閉め、リビングの明かりをつける。明るくなったところで、高校の制服から着替えていないことに気づいた。
「……もう寝たよな」
半開きの自分の部屋のドアを見ながらブレザーを脱ぎ、ソファの背もたれにかけた。
薄く開いたドアの隙間から、自分の部屋を覗いてみる。
静かだった。寝息も聞こえないほどに。
光はリビングから差しこむ一筋だけ。真っ暗で静かで、寒い部屋。
なぜだか、どうしようもなく不安になった。
ドアを閉めることを忘れて、部屋の隅に置かれたベッドに近寄る。
盛り上がった毛布の中で、体を丸めるようにして目を閉じている兄の姿。
「よかった……ちゃんと、寝てる」
無意識につぶやきが漏れていた。
――いや、別に兄貴が心配とか、思ってないし。
安堵した自分を慌てて脳内から追い出す。
いや、紅太自身、刑人を心配していないわけではないのだ。ただ、自分の中で素直に受け止められないだけで。
恐る恐る手を伸ばして、兄の頰にかかった髪をそっとはらう。少しだけ触れた頰はひんやりと冷たかった。
紅太は、ベッドに背を預けて座りこんだ。
幼いころならば、きっと毛布の中に潜り込んでいただろう。しかし、今はもう17だ。
膝を抱えて眼鏡をはずし、組んだ腕の中に顔をうずめる。
暗い部屋。
ひとつ分の寝息が響いている。
もぞ、と毛布が動き、起き上がった刑人はベッドを降り、弟の隣に座った。そして、ずるずるとベッドの上から毛布を引っ張ってきて、弟と自身を包み込んだ。
「おやすみ、紅太」
とある兄弟の会話 ソラ @nknt-knkt
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