36.井戸
私の家には、ホラー映画に出てきそうな井戸がある。
水もまだ湧いているのだが、さすがに水道が完備されている今は、全く使っていない。
むしろ大人達はみんな、井戸を遠ざけている気がする。
私達子供はというと、大人に駄目だと言われていたが、井戸の周りで遊んでいた。
主にやるのは鬼ごっこ。
親戚が来れば人数が多くなって、とても楽しい。
小学校を卒業した人でも、みんな関係なく全力で走り回る。
大人から見ればまだ子供なんだろうけど、まるで小さい頃に戻ったかのようにはしゃいでいた。
その日は、なんでそうしようと思ったのか。
一番年齢が上の舞子ちゃんが提案して、閉められていた井戸の蓋を開ける事になった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。前にも開けたことあるし。」
私は流石にそれは怒られるんじゃないかと、止めようとする。
しかし聞いてもらえず、これ以上しつこく言うとノリが悪いと思われそうで、説得を諦めた。
もしバレたとしても、舞子ちゃんのせいにすればいい。
そんなずるい考えをしながら、私は井戸から少し離れて様子をうかがっていた。
「重いね。」
「そうだね、みんな手伝って!」
2人で動かそうとしても全く動いていない。
そのせいで、私と同じように見ているだけだった子達が呼ばれてしまった。
顔を見合わせてどうしようかと迷ったが、舞子ちゃんの言う事は絶対だ。
渋々皆で近づいて、井戸の蓋を開けるのを手伝う。
「お、開いた開いた。うわー、変わらない。」
数人の力を使えば、徐々にだが開いた。
そして重い音を立てて、蓋が脇に落ちる。
私は舞子ちゃんの隣りで、井戸を覗いてみた。
暗いが底の方は見える。
水がたまっていて、葉っぱが何枚か浮かんでいた。
「あの水、飲めるらしいんだけど私は嫌だわ。見てみなよ。汚いでしょ。」
舞子ちゃんは顔をしかめて、近くにあった石を中に投げた。
そうすれば、すぐに水面に波紋が広がっておさまる。
「まあ、こんなものね。よし皆、鬼ごっこをして遊ぼう。」
彼女は本当に気ままで勝手だ。
私達はそれに振り回されて、でも年上だから従うしかない。
井戸の事はもやもやとしていたが、鬼ごっこを始めている内に忘れてしまった。
遊び疲れて家に戻った時、ちょうど夕飯が出来ていた。
私達はお腹がペコペコだったので、皆がっついて食べる。
しかし大人達は、バタバタとしながら不思議な顔をしていた。
「足りない。」と言っていたが、一体何の事だったんだろう。
その夜、トイレに起きた私は井戸が見える位置を通って向かっていた。
静かで寒い廊下を進むのは、ものすごく嫌だ。
しかしおねしょをして怒られるのは、恥ずかしいし嫌なので我慢して行くしかない。
ペタペタペタ
私が歩く音がよく響く。
何かがどこかから出てきそうで、私は外を眺めた。
そうすると井戸の脇で、何かが見えてしまった。
「ひっ……って舞子ちゃん?」
しかしそれは幽霊ではなく、舞子ちゃんだった。
私はほっとしたと同時に、今度は何をしているんだと不審に思ってしまう。
何故かは分からないが、見ている事をばれたらいけないと本能で察し、息をひそめて様子をうかがう。
彼女は井戸の近くでひざまずいて、何かを上にあげていた。
暗くて見づらかったが、よくよく見てみるとそれはロープだった。
それを引っ張って、井戸の水を汲んでいるらしい。
こんな夜中に一体どうして。
おかしいと思ったが、聞くわけにはいかない。
私は更に観察する。
水を引き上げた舞子ちゃんは、その水を数秒見つめると地面にぶちまけた。
そして高笑いをしている。
そのあまりにも非現実的な光景に、鳥肌が立った私はトイレへと急いで走った。
意外にもぐっすりと寝ていたのに、私達は大人に無理やり起こされた。
「なあに?まだねむいよ。」
「あんたたち!井戸を開けたでしょ!?何かを入れたり取ったりしていないでしょうね!?」
あまりに必死な顔に、私は眠気も吹っ飛んでしまう。
思い当たる節はあった。
昨日の投げ入れられた石、そして夜に捨てられた水。
しかし私は舞子ちゃんが怖くて、言えなかった。
「し、知らない。」
「そう、それなら良いけど。もう絶対に開けるんじゃないからね。」
「ごめんなさい。」
皆は、私の言葉にほっとした様子だった。
その顔は心からの安堵で緩んでいて、内緒にしてしまった事を後悔してしまいそうになる。
私は気になって、そっと舞子ちゃんの方を見る。
そうすると彼女もこちらを見ていて、目が合うと微笑まれた。
その表情がとても恐ろしく感じ、私はすぐに目をそらす。
「ねえ、さっきは何も言わないでくれてありがとう。」
皆で井戸の周りに集まり何をして遊ぶか話し合っていると、私に近寄ってきた舞子ちゃんがそう言ってきた。
「うん。」
私は彼女に近づきたくなかったが、話をしないのも変だと思い返事をする。
「だからあなたは、変えないでおくね。」
「?うん。」
耳元で囁くように笑みを含ませながら言うと、今度は私が何かを言う前に彼女は別の子の元へと行ってしまった。
言われた言葉がどういう意味か分からず、頭の中でははてなマークでいっぱいだったが、私は忘れて遊ぼうと気持ちを切り替える。
そして結局、彼女が何を言いたかったのか分かる日は来なかった。
そういえばその日のご飯の時間で、また大人達が騒いでいた。
今度は「余った。」と言っていたけど、やっぱり何の事か私には分からなかった。
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