37.密閉
何かトラウマになるような出来事があった訳でもないが、密閉された場所がどうにも苦手だった。
過呼吸になるほどでもなく、ただただ圧迫された気持ちになる。
1番嫌いなのは、洞窟や鍾乳洞。
テレビで人1人がようやく通れるぐらいの場所を、進んでいるのを見ると嫌な感じが襲いかかってくる。
恐怖と不快感に、息が出来なくなりそうだ。
よくもまあ、あんな所をためらいもなく進めると尊敬してしまう。
だから今まで密閉された空間から、出来る限り避けて生きてきた。
それなのに今の状況はなんだろうか。
私はエレベーターの中で、息苦しさと戦っていた。
本当に仕方なくエレベーターに乗る事になったのは、一緒にいる大平のせいだった。
私が階段で行くと言ったのに、無理やり引きずられた。
中で階数表示が動くのを、はやく着けと願いながら見ていたら、大きな振動と共にエレベーターがとまってしまい閉じ込められてしまった。
その瞬間、私はこの場にいる事に気分が悪くなる。
耐えきれなくなってしゃがみこむと、大平は肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見えるなら、あんたに眼科を紹介するわ。」
男女ではあるが友達という関係なので、少し皮肉を込めて言う。
私が密閉空間が嫌なのを、分かっているくせに無理やりのせた仕返しだ。
しかし脳天気な大平は、全く反省していない。
「そんなに怖がるなよ。ちょっと止まったみたいだけど、きっとすぐに動き出すよ。」
そんな希望的観測を素直にうのみにするほど、私は脳天気な性格ではない。
「一応、連絡しておいてよ。止まったんだから、緊急事態でしょ。」
「めんどくさ。……分かったから、睨むなよ。」
ほぼほぼ大平のせいなのに、何故渋々やるのか。
私は隅のほうに座って、彼が連絡を取っているのを見ていた。
「まだ復旧してなくて、動くまで少しかかるらしいって。」
「ほら、連絡した方が良かったでしょ。少しってどのぐらいよ。」
「そんなの分かるわけないじゃん。」
全く使えない男だ。
私はため息をつき、話をする気力も無く黙り込む。
そうすれば、何故か隣に座ってきた。
文句を言おうかとも迷ったが、言うのも面倒くさい。
存在を気にしないようにしようと、私は目を閉じる。
いつまで、ここにいなきゃいけないのか。
すでに結構な時間が経っているはずだ。
それなのに、全くエレベーターが動き出す気配がない。
「ねえ、いつ動き出すの?」
「あともう少しだって。」
「さっきからそう言ってるじゃん。」
今や、密閉されているからの息苦しさよりも、イライラの方が強くなっている。
しかし大平は、何が楽しいのかニヤニヤとしていた。
それが余計に、私の苛立ちを増長させる。
今日はなんで、こんなにも嫌な事が続く日なのだろうか。
大平と一緒のいるのも嫌、エレベーターも嫌。
はやくこんな場所から逃げ出したい。
私はもう一度連絡をしようと、スマホを取り出した。
「……圏外?」
しかし画面の上の方に表示された文字に、訝しげな顔をしてしまった。
圏外ということは、先程もそうだったはずだ。
それなら先程、大平は電話をかけていたが繋がっていなかったことになる。
じゃあ何で、連絡したと嘘をついたのか。
私は恐る恐る、大平の方に視線を向けた。
そうすると視線が合った。
その顔に何かうすら寒いものを感じて、自然と後ろへと下がる。
しかし狭いエレベーターの中では、逃げられる範囲なんて限られていた。
その時、突然私は思い出す。
密閉空間が怖くなった理由。
それは、前にも今みたいな状況になった事があるからだった。
同じようにエレベーターに乗っていて、何かの拍子に止まってしまって。
誰と一緒で、そのあとどうなったのかは覚えていない。
しかし無事だったという事は、きっと何かしらの方法で危機を脱したはずだ。
それが思い出せればいいのだが、頭が混乱していて訳が分からなくなっている。
だから私は考えるよりも、行動に出ようと思った。
「ね、ねえ。大平。」
「……。」
駄目だ。
先ほどまでとは打って変わって、大平は何も言わなくなってしまった。
それは私のピンチの度合いを上げていた。
私は気が付かれないように、カバンの中を確認する。
大丈夫だ。
何とか出来るぐらいの準備はある。
それなら先手必勝だと、私は気づかれないように取り出し、大平に向かおうとした。
しかし、その腕は掴まれて彼の体に届く事は無かった。
そのまま後ろにひねられ、持っていた折り畳みナイフを落としてしまう。
「な、何するのよ!?放して!」
私は恐怖を感じていて、何とか体を動かした。
しかし全く外される事なく、死を覚悟する。
「お前だったんだろ。」
「は?」
「お前が妹を殺したんだろ。」
大平は腕をひねり上げたまま、突然何かよく分からない話を始められた。
身に覚えもなく、急すぎて意味不明だ。
「何を言っているんだか、痛いから放して。」
「分からなくていい。その内、思い出すだろう。お前がやった時と、同じ状況をわざわざ用意してやったんだから。」
本当にどうしたら良いか分からなかったが、その時ちょうど扉が開いた。
これでようやく助けてもらえる。
希望を持っていた私は、気が付けば手錠をはめられ連れられていた。
そこから怒涛の展開の様に、刑事だと名乗る人に色々と聞かれる。
大平夢という人を殺しただろうと。
エレベーターに私のDNAがあって、目撃証言もあると。
何の事だか全くぴんと来ず、そう言っているのに誰も聞いてくれなかった。
1人牢屋の中、私は体育座りで外を眺める。
未だに何も思い出せていないが、それでも何となく思う事があった。
エレベーターに無理やり乗せられた時、さっさと始末しておけばよかった。
そうすれば話をごまかして、正当防衛にしたのに。
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