34.忘れ物





 私の働いている店で、その忘れ物は堂々と床に落ちていた。

 あまりにも分かりやすい場所に落ちていたから、私は見つけた時に笑ってしまったぐらいだ。


「何これ。キーホルダー?」


 誰のものかはまだ分からないが、そのままにしておけず拾うと、目の前につまみ上げた。

 キーホルダーは今まで見たことのないような形をしていて、何故か私はキモカワイイと思った。


 どこかの国の民族衣装を模した手のひらサイズの人形は、人間の顔じゃなく何かの動物の顔をしていた。

 リアルすぎる顔は不気味にも感じるが、それよりも私の中では可愛いが勝る。


「落としたのか忘れたのか知らないけど、大事にしないのが悪いよね。うん。」


 いつもだったら絶対にしないはずなのに、その時の私は頭がおかしくなっていたのか、気がつけばそれをポケットの中に入れていた。





 家に帰ってポケットからキーホルダーを取り出し、机の上に置くと今更後悔の念が襲ってくる。


「何で持ってきちゃったんだろう。落とした人が店に来たら、どうしよう。」


 色々な角度で見ながら、私は返すべきか迷ってしまう。

 こんな状況なのだが、返す一択ではない事に自分でも違和感があった。


 これを私のものにしたい。

 どこか心の奥の方で、私の本能がそう訴えているのだ。


「とりあえず持っておいて、持ち主が現れたらその時は返せばいいか。」


 そして結局私は、持っていることに決めた。

 一応すぐにでも返せるように、いつもポケットに入れておいて。





 それから数日過ぎたが、持ち主が現れる気配は無かった。

 店で落としたのも分からなかったのか、私にとっては嬉しい事だ。


 いつの間にかポケットの中でキーホルダーが、まるで守ってくれているような気分になるぐらい、私の中で存在が大きくなっていた。



 もう手放せない。

 私はそのキーホルダーが無ければ、生きていけない気がする。


 そう思うのだが、最近妙な事が起きるようになったので、少し微妙な気持ちもどこかにあった。



「また、物の位置が変わっている。何で。」


 私は部屋の中を見回して、顔をしかめた。

 朝起きて物の位置が変わっているのは、これで何度目だろうか。

 昨日の夜に、施錠の確認はちゃんとした。


 それなのに何故か荒れている。

 私はテーブルの上に置いてあるキーホルダーを、指でつつく。


「まさか、あなたがやっているんじゃないよね?」


 しかし反応が返ってくるわけなく、苦笑した。


「そんなわけないか。」


 そのままポケットの中にしまうと、私は仕事に行くために準備をする。

 何だかポケットに重みを感じたが、気のせいだったんだろう。





 おかしい。

 このキーホルダーを手にしてから、明らかにおかしくなってしまった。

 私は頭を抱えて考え込む。


 家の中にある物の位置が変わっていく事から始め、私の周りで様々なおかしい事が起こっていた。

 そのどれもが不気味で、精神がどんどん疲弊していった。



 キーホルダーのせいだ。

 そう考えた私は、何回も捨てようとした。

 しかしどういうわけなのか、気が付けば手元に戻っている。


 一体どうしたらいいのか。

 分からず、私の心は限界を迎えそうだった。


「いらない。こんなの、私は欲しくない。いらないよ。」


 それだけが今の私の頭の中を占めている。

 このままではいずれ、命が無くなってしまう。



 追い詰められていた私は、その時キーホルダーを手にした日の事を思い出した。


 もしも前にこれを持っていた人も、私と同じ状況だったとしたら。


「そうか。そうすればいいの。」


 良い案を思いついた私は、知らず知らずのうちに顔に笑みが浮かんでいた。





 そこからは簡単だった。

 私はタイミングを見計らって、それを実行する。


 さりげなく、ばれないように。

 拾って届けられでもしたら、水の泡だ。



 そして上手く事が運んだ時、私は安堵から涙が出て来た。

 ようやく離れる事が出来て良かった。




 恐らく今までもこうして、あのキーホルダーは色々な人の手元に回っていったんだろう。

 願わくば、二度と私の元へは来ないように。

 きっと次に手にしたら私は、もう手遅れになってしまうから。





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