32.見つめる先は
私の夢は、白馬の王子様に迎えに来てもらうこと。
20代後半になった今も、それは変わらない。
キラキラふわふわしたものが好き。
可愛いらしいと言われるために、たくさん集めるのだ。
そうやって生きていたら、いつしか街を歩く度に『イタイ』と言われるようになった。
好きな事をしているだけなのに、そういう風に言われる筋合いはない。
私は私らしく、生きていくだけだ。
そんな考えだったのか、最近改めようと思う出来事があった。
運命の出会いとは言えないが、白馬の王子様候補が見つかったのだ。
それは近所の高校に通っている、あきらという名前の子だった。
私が住んでいるマンションから、登下校している様子をうかがう事がが出来るので、いつも怪しまれないように火をつけていないタバコを加えながら見下ろす。
友達と一緒にバカ騒ぎをしながら歩いている姿は、微笑ましくもあり胸が苦しくなる。
どうして私が、その場にいないのだろう。
一緒に過ごしたい。
私を見てほしい。
そんな気持ちを込めて、でも気づかれないように。
臆病な私は、積極的な行動が出来ないでいた。
それが、どうしてこんな事になってしまったんだろう。
私は目の前の状況に混乱してしまう。
それは、いつものように校門から出てくる姿を見ている時だった。眺めて楽しんでいたら、電話が鳴った。
名残惜しかったのだが、緊急の用事だったら困るので、私は部屋の中に戻って電話に出る。
「はい、はい。分かったから、じゃあまた今度ね。忙しいから切るよ。」
電話は遠くに住む母親からで、私は長話にしばらく付き合うと頃合いを見て切った。
随分と話に付き合わされてしまい、疲れが溜まっている。
大きく伸びをして、ふと私は外に出た。
時間が経っているから、もういないだろうけど何となくだった。
しかし私は下を見て、驚きから固まってしまう。
そこにはじっと、こちらを見つめる姿があった。
何でなのだろうか。
今まで私に気がついている様子はなかったのに、どうして急に。
慌てて部屋の中に戻った私は、その場にしゃがみこむ。
本当に今さらなのだが、気配を最大限消していた。
しかし私は本能で察する。
このまま終わるわけがない。
そしてそれは合っていて、ピーンポーンというチャイムの音が部屋に響いた。
誰が押したかなんて決まっている。
違った状況だったら嬉しいはずなのに、私はさらに呼吸を止める勢いで静かに潜んだ。
しかし、しつこくチャイムを押されてしまうと、近所迷惑を考えて私は出ざるを得なくなる。
「はい、どちら様でしょうか。」
白々しくそう言いながら、扉越しに声をかける。
その瞬間チャイムの音は止んだが、返事はなかった。
「すみません。イタズラなら警察に連絡しますよ!」
あんなに会いたいと思っていた人。
しかし今は、恐怖の対象でしかない。
私は今度は脅しも含めて、声をかけた。
そうすれば小さくだが、静かで美しい声が聞こえてくる。
「何をしに来たか、分かっているでしょう。あなたは開けるはずですよ。」
確かに言う通りだった。
ここで扉を開ける以外の選択肢を、私は選ぶ事が出来なかった。
何度か考えて、結局渋々と扉を開いていた。
開けた先には思っていた通り、好きで好きでたまらなかった人の姿があった。
間近で顔を見ると、やっぱり好きな気持ちが変わらなくて胸が締め付けられる。
「はじめまして、ですね。そんな気は全然しないですけど。」
穏やかに微笑んでいるが、心の中では何を考えているかは定かじゃない。
それでも私は、気づけば笑い返していた。
「ごめんなさい。ずっと見ていて、ごめんなさい。でも好きなんです。」
どんな答えが来たとしても、その気持ちは変わらないだろう。
だって初めて、似たものを感じた人だったのだ。
そしてそれを感じていたのは、私だけじゃなかったようだ。
「やっぱりか。いつも見られている時から、そうなんだと思っていたんだけどね。君も同じなんだね。中にいるんだろう?」
とん、と胸を押されて私は大した力では無かったのに、後に数歩下がってしまう。
「あなたもなの?私は妹よ。あなたは?」
それでも嬉しさが勝って、顔がにやける。
「兄。随分と前だけど、今でも中にいる。もう半分以上は、食い散らかしているんじゃない?だからこんな風になってる。」
「私も今は、どっちかどっちだか分からなくなってる。もう全部食い散らかすのも、時間の問題かもね。」
胸を抑え、私は目の前の彼女を見つめる。
その姿は女性だが、中身は違う。
言っているとおり、侵食されているのだろう。
同じ境遇の私にとっては、これ以上ない人だ。
「ねえ、完全に変わったら付き合いましょうよ。」
「それもいいね。きっと同じぐらいの時期になるだろうから、その時はお祝いしよう。」
私の見つめる先の彼女もとい彼は、やっぱり白馬の王子様なんだ。
こんな私を受け入れて、愛してくれるだろう。
それは、とても幸せな未来だ。
私が完全に成り代わるまで、あとちょっと。
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