31.いいこ





 昔から私は手のかかる子だったと、両親は言う。

 わがままで、意地が悪くて、生き物にも優しくない。


 自分達の子ながら、将来が本当に心配だったらしい。

 しかしそれが突然、まるで憑き物が落ちたように普通になった。

 頭を打ったんじゃないかと病院に連れて行ってもおかしな所はなく、いい子になったのなら良かったじゃないかといつしか気にもとめなくなったようだ。


 それは親としてどうなのかと思うが、覚えていないから私もそこまで気にしていなかった。



「ねえ、私の事覚えている?」


「え。」


 その子が、私の目の前に現れる前までは。





 高校生になった私は、地元ではなく電車を使わなきゃいけない距離の学校に通っている。

 理由を聞かれると困ってしまうが、近くの高校にはあまり魅力を感じなかったのだ。


 そんなわけで部活に入っていなくても家に帰る時間は遅く、辺りは薄暗かった。


 私は家路を少し早歩きで進んでいたのだが、突然目の前に人影が現れる。

 驚いて後ずさると、その少女は近づいてきた。



 そして、その言葉を言ったのだ。

 私は彼女に見覚えが全くなく、そんなに憎しみのこもった顔を向けられる筋合いもない。

 しかし人違いという感じも、彼女の様子からは伺えない。


 困ってしまった私は、どうしたらいいか分からず彼女の情報を少しでも得ようと話しかけた。


「えっとごめんなさいね。どこで会ったんでしたっけ?」


 直接聞く以外に上手い考えがなくて、私はストレートに問う。

 そうすれば、更に憎しみのこもった視線を向けられる。


 私は身に覚えのない罪を怒られているみたいで、理不尽だと思わないわけではなかったが、下手に刺激して傷つけられても困る。


「覚えてないの?」


「本当にごめん。教えてくれたら、なにか思い出すかもしれない。」


「どうして覚えていなの?」


 しかしその少女は、説明をしてくれるわけでもなく睨み続ける。

 私は怖くて、彼女に付き合っている場合じゃないと逃げた。


 もしかしたら追ってくるかもと心配になったが、後ろからそんな気配はなくほっとする。





 本当にあの子はなんだったのだろうか。

 私は学校へ、いつもと違うルートで行きながら考えていた。

 同い年ぐらいの子だったのだが、学校の同級生の中にもいないし、今まで会った事も無い。


 なんであんな目を向けられるのか。

 今の私は恐怖を忘れ、大きな怒りを感じていた。



 たぶん人違いだったのだ。

 それなのに理不尽にも怒られそうになるなんて、本当に昨日はついていなかった。


 イライラとした私は、そこら辺にある石を蹴る。

 それは勢いよく転がり、どこかの家の塀にぶつかった。

 特に傷つくわけでもなく、他の石とまぎれてしまい分からなくなる。


 それを見ていたら、何だか馬鹿らしくなってしまった。

 あんな子の事は、さっさと忘れてしまおう。

 私は気持ちを切り替えていた。





 どうして家の整理の手伝いをしなくちゃいけないのか。

 私はせっかくの休みをつぶされて、げんなりとしていた。


 お母さんに頼まれてしまい、朝から仕分けをしている。

 いらないものが多くてずぼらな性格の両親を恨みそうになるけど、やる人が私しかいないから仕方がない。



 しかしそれにしても、これはいつになったら終えられるだろうか。

 本当に量が多くて、嫌になってしまう。

 一旦、休憩しよう。



 私は軽く伸びをして、整理をしている時に見つけた写真の束を見る事にする。

 アルバムも何冊かはあったのだが、これだけは封筒に入れられていて雑な扱いだった。


 しかもそれは、奥の奥の方にしまわれていた。

 何か良くない写真なのだろうかと思っていたが、どうやら小さい頃の私を写したものの様だった。

 どうしてこんな風にされているのか分からないが、きっとアルバムにおさめるのを忘れていたとかだろう。


 私はため息を吐いて、写真をゆっくり見る。



 幼稚園ぐらいだろう。

 満面の笑みで写っている事の多い写真は、ほのぼのとしてしまうが全く覚えていない。


「まあ昔だから仕方がないか。」


 私は何だか他人事の様に思ってしまう。

 それでも随分とある写真を見るのを、止めようとはしなかった。


 そうして残り数枚になった時、私は気づいた。

 写真の中の隅の方に小さく、この前会った少女の幼いころの姿が写っているのだ。

 それは幼稚園で撮られたものなのか、砂場で元気よくピースをしている私を柱の陰からじっと見つめている。


「嘘、全然覚えてない。何で。」


 写真を持つ手が震えて、私は残りの写真を床に落とす。

 ばらまかれた写真、そこに視線をやって更に驚いてしまった。


 私は写真全部にいたのだが、あの少女を明らかにいじめているかのような行動をしている。


 手にカエルを持って追いかけていたり、髪をぐちゃぐちゃにしていたり、服をクレヨンで汚していたり。

 少女が泣いているのに、私は笑っている。


 こんなにされていたのなら、あんな表情を向けてくるのも無理はないのかもしれない。





 しかし私が何よりも怖いのは、こんなにも証拠があるのに全く思い出せない事だ。

 本当に私がこれをやったのだろうか。

 写っている私は、本当に今の私なのだろうか。


 ただただ呆然としたまま、私は写真を見つめる事しか出来なかった。





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