6.好きと嫌い





 私の中で、好きと嫌いは正反対の意味ではない。

 それは、その日によって変わるからだ。





「これ、いらない。」


「あんたまた飽きたの?昨日は美味しいから、ずっと食べられるって言ったばかりじゃない!」


 私は目の前のテーブルに置かれている青汁を見て、顔をしかめて言う。

 そうすると朝食を用意していたお母さんは、大きなため息をついて怒り始めた。


「だって嫌いになったんだから、しょうがないじゃん。」


「絶対飲むからって言ったから、たくさん買っちゃったでしょ。それは全部飲みなさいよ。」


「やだ。気持ち悪い。」


 何も考えずに言った言葉を、すぐにまずいと思った。

 しかしすでに言ってしまった後だから、もう遅い。


 お母さんの顔が怒りで歪むのを、私はしっかりと見た。


「いい加減にしなさい!毎回毎回、あんたの気まぐれで無駄になったものが、どれだけあると思っているの!」


「学校行ってきまーす。」


 怒鳴り声で耳が痛くなる前に、私は朝ごはんを食べ終えて、そのままの勢いで家から出て行く。





「あんなに怒ることないと思わない?」


「それはどう考えても、あなたが悪い。」


 朝のやりとりのモヤモヤがおさまらなかった私は、親友のつっちーに愚痴をこぼした。

 しかし返ってきたのは、冷たい言葉。


「嘘。だって嫌いになったから、仕方ないと思わない?」


「何の前触れも無く、急だから駄目なんでしょ。お母さんの大変さも分かるわ。」


 理解してくれるかと思っていたら、まさかの敵側に回られて私は机の上に脱力する。

 その頭を強めの力で撫でられた。


「いーたーいー。何するの?」


「黙って撫でられてな。」


 そのまま左右上下に、頭を動かされて気持ち悪さを感じ始めた頃、ようやく止められた。

 私は涙目でつっちーを睨んだが、彼女はどこ吹く風とひょうひょうとしている。


「だって私だって分からないから。急に嫌になっちゃうんだもん。」


「まあ、同じ事を繰り返すようにしなきゃいいんだよ。」


 しかし私が落ち込むと、途端に優しく慰めてくれるのだ。


「つっちー。大好き。」


「はいはい。嫌いになったら怒るからね。」


 そんなつっちーが、大好きな気持ちは変わることは無い。

 確信を持って、私は彼女に抱きついた。





 そのはずだったのに。

 朝起きて、私は絶望を感じていた。


 今、私はつっちーが嫌になっている。

 心では好きだと思っているのに、脳が彼女を嫌いになれと信号を送っていて、しかも嫌いに傾いているのだ。


「何でよお。つっちーは嫌いになっちゃ駄目でしょ。私の馬鹿。」


 ベッドの上で、私は頭を抱える。

 頭の中は、この前彼女と交わした会話を思い出していた。


 嫌いになったら怒る。

 彼女はそう言っていた。そして本当に言葉通り、怒るはずだ。

 もしかしたら最悪、嫌われてしまうかもしれない。


「それは嫌だよ。」


 つっちーの嫌悪に染まった顔は見たくない。

 私はそう考えて、横になった。


「今日は休み。つっちーが好きになるまで、ずっと休み。」


 いつ今の嫌いが、好きに変わるかは分からない。

 それでも変わるまでは、彼女に会わない方が良いだろう。


 そう判断して、眠りにつく。





「何しているの?学校でしょ?早く起きなさい!」


 しかしすぐにお母さんの声で、無理やり起こされる。

 私は思い頭を抱えて、うっすらと目を開けた。


「なに?今日は学校休み。」


「馬鹿を言っているんじゃないの!さっさと用意しなさい!」


 まだ寝ていようと布団を頭からかぶったが、勢いよく取られてしまう。

 急に寒くなってしまって、起きざるを得なくなる。

 私は渋々起き上がると、お母さんを見上げた。


「ほら。遅刻するわよ!」


 睨んでいるお母さん。

 それをじっと見つめて、私は常々思っている事を口にした。



「好きも嫌いもない人に対してなら、どうでもいいんだけどね。」


「何言ってるの?」


「何でもない。」


 よく聞こえていなかったのか、お母さんは聞き返してきたが、それに答えず私は準備をするために起き上がった。



 つっちーには、どうにかして許してもらおうと考えながら。





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