4.誰かのために





『4年3組 和田陸

 ぼくのしょうらいの夢は、誰かのために何かをすることです。何かはまだきめていません。それでもいつかやりたいです。』



 久しぶりに実家に帰って、俺は昔の作文を見つけた。

 それは机の引き出しの奥に、ぐちゃぐちゃになって挟まっていた。


 自分の字があまりにも汚くて、判別するのが難しかった。

 しかし何とか解読した結果、あまりにも子供らしい文章に笑ってしまう。



「誰かのために何かをするって。あやふやすぎるだろう。」


 俺は何度読み返してもくだらない作文を、机の中に入れる。

 そして、すぐに頭の中からその事を排除した。




 次に作文を思い出したのは、半年の月日が経った頃だった。

 俺の目の前に、ちょうどよく困っている人がいたのだ。


「すみません。道に迷ってしまって。案内してもらえないでしょうか?」


 彼女は地図を片手に、辺りを見回しながら話しかけてきた。

 俺はその地図をもらい、そしてまじまじと見つめる。


「あ。すみません。俺もちょっと分からないですね。」


「そう、ですか。分かりました。」


 残念そうな顔をした彼女は、頭を下げてその場を立ち去った。

 返しそびれた地図を片手に、姿が見えなくなるまで見送る。



 俺は彼女の為に、何かをする事が出来なかった。





 その次は、2週間後に困っている人が現れた。


「あの。お金が無くて、欲しいものが買えなくて。」


 高校生ぐらいの男の子は、悲しそうに僕に話しかけてくる。

 ここはとあるスーパーで、俺は買い物をしている途中だった。

 周りには他にもたくさんの人がいるのだが、何故か話しかけられた。


 青ざめている彼が手に持っているのは、お金をもらってまで欲しいものか。

 俺はちらりと財布を見た。

 その中身を思い出して、そして彼に言う。


「ごめんなさい。俺もそんなにお金を持っていなくて。それを買えるほどは、渡せません。」


 話を聞いた彼は手に持ったものと俺を交互に見つめて、ペコリと頭を下げた。


「そう、ですか。すみません。突然。失礼しました。」


 そして持っていたそれを棚に戻すと、もう一度頭を下げて帰っていった。

 俺は戻された商品を見ると、気持ちを切り替えて買い物へを再開する。



 彼の為に、何かをする事は難しいと思った。





 最近、妙に困っている人に遭遇する確率が高い。


 人を探していたり、背中を押してもらいたがっていたり、説得を必要としていたり。


 そのどれもに俺は、彼等が求めている答えを返せずにいた。



 小学生の頃夢にしていた、誰かのために何かを出来ていないのだ。

 今更ながらに、俺は焦っていた。

 もしこのまま、誰の事も助けなかったら生きている意味があるのだろうか。



 次に誰か困っていたら、今度こはその人が望む事をしてあげよう。

 俺はそう決心する。





 その機会は、思っていたよりもすぐに遭遇した。


「すみません。すみません。助けて下さい。」


 彼女は俺を見上げて、涙を流している。

 どこからどう見ても、助けを求めている事は明白だった。


 俺は彼女の望んでいる行動を取るべきか。少しの間、迷ってしまった。

 しかし昔の夢を叶える為だと、自分に言い聞かせて地面に落ちていた太めの棒を拾う。


「分かった。今、助けるから。」


「……はい。ありがとうございます。」


 彼女を安心させる意味を込めて、俺は微笑んだ。

 そして棒を勢いよく振り上げ、そのままの力で振り下ろした。


 鈍い手ごたえと共に、低い呻き声がその場に響く。

 そこまで激しく動いたつもりではないが、息が切れてしまう。



 最後に向けられた彼女の微笑み。

 それは、頭の中でしばらく消えなかった。



 手の中の感触が、生々しく残っている。

 それでも俺の気分は、とても清々しかった。


 今まで見て見ぬふりをした彼等の想いを、全て叶えられた気持ちになる。




 これから困っている人がいたら、どうにかしてあげよう。

 俺は鼻歌交じりに、その場から去った。





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