3.美しき





 私の妹は、私達家族のだれにも似ていない。

 聡明で美しい。


「お前等、本当に姉妹なのかよ?全然似てねー。」


 この言葉は今まで聞き飽きるぐらい、周りから言われてきていた。

 そんな事、私だって知りたい。

 何回か両親に聞いてしまったぐらいだ。本当に妹は血がつながっているのか。


 両親の答えはいつも同じ。


「朝美はちゃんと私達の子だよ。」


 そう言われてしまえば、何も言い返せなかった。





「未海お姉ちゃん。一緒に帰ろう?」


「うん。朝美。」


 妹はとても良い子だ。

 素っ気無い態度をとる私に対しても、他の人と分け隔てなく接してくる。


 だから何だか、人間性でも彼女に負けてしまっているような気分になってしまう。



 周りの笑いが、全て私に対して向けられているのではないか。

 可愛くもなく、賢くもない、妹に何もかも負けている私を馬鹿にされている。


 被害妄想は、日々どうしようもないほどに大きくなっていく。



 2人で帰る道。

 地面にある私と妹の影は、全く形が違う。


 それを見るだけで嫌になりそうだ。

 私は気が付かれない様に、小さくため息をついた。


「お姉ちゃん。最近、元気ないよね。何かあった?」


「ん?大丈夫だよ。何も無い無い。」


 しかしすぐ隣にいた妹には気づかれてしまって、心配されてしまった。

 慌てて、私は顔の前で手を振り大丈夫アピールをする。


「そう?何かあったら私に言ってね!お姉ちゃんの為なら、力を貸すから!」


「ありがと。」


 いつも彼女はそんな事を言ってくる。

 それは私に対する同情からきているのか。そう思ってしまうなんて、本当に嫌な思考回路にしかならない。


「私、お姉ちゃんの事大好きだからね!」


「私も好きだよ。」


 とても輝いている笑顔に、顔が引きつらない様に気をつけながら、私は思ってもいない事を口にした。





 こんな私だが、別に妹の事が嫌いなわけではない。

 むしろその可愛らしい見た目、優しい性格は一緒にいて楽しいと思う。


 それでも何故か、どこかで彼女を信じきれないというか生理的に受け付けられない。



 あまり2人きりになりたくないというのが、本音である。

 しかし家族なんだから、それは無理な話だ。


「お姉ちゃん。今日はパスタで良いかな?」


「うん。ミートソースでお願い。」


「オッケー。じゃあ出来上がるまで、ゆっくりしていて。」


 両親が結婚記念日という事で、私達はホテルの宿泊券をプレゼントした。

 そのため、今日は2人だ。

 プレゼントの案を出したのは私だから、自分で自分の首を絞めた事になる。


 妹はそんな私に気づかずに、鼻歌を歌いながら夕飯の用意をしている。

 自ら進み出て、家事をやってくれるのはありがたい。

 私は遠慮なくソファで寛いでいた。




「お姉ちゃーん。出来たよ。起きて。」


 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 妹が揺さぶり起こす声で、私は目が覚めた。


「ごめ、ん。寝ちゃってた。」


 そんなに長い時間寝ていたわけではないからか、少し頭がぼーっとする。

 しかし頭を何度か振って、眠気を吹き飛ばした。


「よく寝てたから、起こすの可哀想かと思ったけど。お腹減っている方が駄目だからね。」


 私の様子を見ていた妹は、くすくすと可愛らしく笑う。

 まるで姉妹の立場が逆転してしまったみたいだ。


 姉としてのプライドは、元々無かったようなものだったが少し恥ずかしく思ってしまう。


「おいしそう。いただきます。」


「召し上がれ。」


 そんな現実を見たくなくて、私は話題を変えるようにテーブルに置かれたパスタを食べる。

 レトルトをかけただけかと思ったら、一から作ったらしいソースはとても美味しかった。


 本当に誰に似たのか分からないが、とんでもないハイスペックだ。


「ごちそうさま。あー。お腹一杯。」


「お粗末さま。片付けやっとくから、寝る準備してて。」


 食事が終わると、妹はテキパキと片付けをする。

 手伝う気もない私は、のろのろと寝る準備を始める。


 しかし流し台で洗い物をしている姿を見て、思い浮かんだ単語が勝手に口から出た。


「朝美はいいお嫁さんになるね。」


 その瞬間、妹の動きがピタリと止まる。

 私は不思議に思って、呼びかけた。


「朝美?どうかした?」


 しかし彼女は無視し、そして振り返る。


「何言っているの、お姉ちゃん。私は絶対、お嫁になんか行かないよ。一生、家にいるの。お姉ちゃんもね。」


 楽しそうな顔。

 言っている事の恐ろしさを、まったく自覚していない。

 私はその場に座り込んでしまう。


「な、何言ってるの?」


 それだけしか言えなかった。

 床の上で動けない体。そこに妹は、何のためらいもなく近づいてくる。


「何言っているって、当たり前の事でしょう。お姉ちゃんは今まで、私にいっぱい迷惑もかけたし、色々やらせたよね。だからその分、私に返さなきゃ。」


 目の前にたどり着くと、しゃがみ込んで目線を合わせられた。

 その目は、何の感情もなく純粋なものだった。


 私は逃げる事も反論する事も出来ず、妹が抱擁してくるのをただ受け入れる。


「お姉ちゃん。だーいすき。これからもずっと一緒。」


 抱きしめられた力は強く、彼女の心底楽しそうな笑い声が、いつまでもいつまでも耳にこびりついた。





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