2.汚いと





 僕の母は潔癖症というわけではないと思うが、ものが散らかっている状態をとても嫌がった。


「お願い。何度も言っているわよね。出したものは元の位置に戻して。出しっぱなしにしないでって。」


「あ、ごめん。後でやろうと思ってた。」


 母は大きなため息をつく。

 それを聞きつつも、きっとまた同じ事を繰り返すんだろうなと全く反省していなかった。





 何故、ここまで散らかっている状態を嫌がっているのか。

 父に聞いた事があるが、答えを知らなかった。


 しかしそれにしても、何かがあったとしか思えないぐらい母は綺麗な状態に執着していた。



 大雑把な性格の僕にとっては、とても辛かった。

 わざとやって、母を困らせたいわけではないのだ。


 ただ僕は後回しにやればいいんだと思ってしまい、その度に先に見つけられてしまう。

 小言を言われるのは、結構なストレスなのだ。





「勝!何度言えば分かるの?お願いだから綺麗にして!」


 その日は、いつもより母の怒りは凄まじかった。

 元々いらいらしていたのか、たまっていたものが爆発したのか分からないが、謝ってもおさまらない。


 最初は僕が悪いんだと思っていたが、あまりにも言われ続けると我慢の限界だった。


「うるさいな!」


 ついに堪忍袋の緒が切れた僕は、大きな声を上げて部屋の中を荒らした。


「勝?止めて!ごめんなさい!私が悪かったから!お願い!」


 母はしばらく動けなくなっていたが、慌ててすぐに僕の腕を掴み止めてくる。

 しかし長年の恨みのせいで、僕は止まらなかった。


「いつもいつもうるさいんだよ!そんなに汚いと、何が駄目なのか見せてみろよ!」


 辺りを荒らしに荒らす。

 ただ高価なものを避けていたのは、一応理性はあるからか。


「止めて!本当に止めて!」


 非力な母は、ただただ制止させようとしていた。

 それに胸が痛まないわけではなかったが、僕は辺り全体をぐちゃぐちゃにするまで終わる事は無かった。


 暴れすぎて息も絶え絶えに、僕は母を見下ろす。

 辺りの状況を見て、顔を青ざめさせている彼女はその場にひざまずき、床に散らばったものを片付けようとしている。


「駄目、駄目なの。汚いのは、駄目なの。片付けなきゃ。」


「……母さん。」


 その姿は哀れで、僕は自分のやった事を後悔してしまいそうになった。


「片付けなきゃ。片付けなきゃ。片付けなきゃ。片付けなきゃ。」


 壊れたレコードの様に、母は繰り返し繰り返し言い続ける。

 いっそ鬼気迫る表情で、狂ったのではないかと思ってしまう。

 僕は怖くなってしまって、母の肩を掴み振り向かせる。


「ごめん。俺が片付けるから、本当にごめん。」


 母の目はうつろだった。

 どこか虚空を見つめて、僕と目線を合わせていない。

 そんな肩を揺さぶり、目を覚まさせようとする。


 しかし母は、今度は別の言葉を繰り返し言うようになった。


「申し訳ございません。申し訳ございません。至らない嫁で。ちゃんと片付けますので、許して下さい。」


 僕はその言葉を聞いて、気づいてしまった。

 どうして母が、こんなにも散らかるのを嫌がるのか。



 そして同時に、こうなるまで気づいていない周りに対して、やるせない思いを抱いた。

 次に祖父母や父に会った時、僕はもう今までの様に接する事は出来ないだろう。




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