誰かの話
瀬川
1.大人になったら
恥ずかしい話だが、私は中学生の頃とある人に対していじめを行っていた。
きっかけは分からない。
外岡という男は、無口で教室の隅にいるようなタイプだったから余計にやりやすかったのか。物を隠したり、パシリに使ったり、皆の前で恥ずかしい真似もさせた。
若かったからと言ってしまえばそれまでだし、言い訳をするつもりもない。
しかし不思議なのは、今でもその人から連絡が来る事だ。
「今年も来るのかな。」
私はスマホを見つめて、ぼんやりと呟く。
彼からの連絡は1年にたった1度。
何故か、私の誕生日にメールが来る。
文面は当たり障りのないお祝いメール。今までそれに対して、返信をした事は無い。
しかし毎年、同じ時間に律義に送ってくる。
メアドを変えて教えたつもりが無くても、来るのだから相当かもしれない。
今は誰がどこで繋がっているのか分からないから、それは別に構わないが。
そして私の誕生日が、あと1週間に迫っていた。
しかも今年は、20歳という節目の歳である。
もしかしたら、今までとは違った事をしてくるかもしれない。
私は少し楽しみになっていた。
昔、外岡と何か約束をした気がする。
それは既にいじめをしていた時だったけど、何故か普通に話をしていてそんな話になった。
しかし何の約束をしたかが、全く覚えていない。
とても大事な事だったはずなのに。
もしも、彼と話をする機会があれば聞きたい。そして出来るなら、その約束を守りたい。
ずっとそう思っている。
だから私は、誕生日に送られてきたメールに初めて返信をした。
『いつもありがとう。一度、会いませんか?』
どういう文面にしていいか分からず、素っ気無くなってしまった。
しかし返信はすぐに来た。
『良いですよ。来週だったら、夜いつでもあいているのでご飯を食べに行きましょう。お話したい事もありますし。』
丁寧な文章。
それがとても私に緊張感を与える。
話がある。それはもしかしたら中学時代のいじめの事か。
逃げたいと思ってしまったが、私は覚悟を決めて詳しい日程のメールを送った。
久しぶりに会った外岡は、随分とあか抜けていた。
目が隠れていたぼさぼさの前髪が、綺麗に整えられていてすっきりとした印象になっている。
顔が出ていると、こんなにも格好良く見えるとは。
私はとても驚いてしまった。
しばらくの間、彼の顔をじっと見つめてしまったが、慌てて予約していたお店へと案内する。
「じゃあ乾杯。」
「はい。」
居酒屋みたいな雰囲気の中で、私達はまず手始めにビールを飲んだ。
外岡は遠慮していたが、話をするのには少しでも酔わないと出来ないと思って、無理やり付き合ってもらった。
「外岡君は変わったね。」
「そうかな?まあ、昔と比べたらね。君は相変わらず、可愛いと思う。」
「!ごほっ、ごほっ!なに、いって!」
彼の突然の言葉に、私はむせてしまう。
咳をしながら顔を見れば、頬杖をついて微笑んでいる。
何だか恥ずかしくて、目をそらした。
「そ、そういえばさ。話は変わるけど、中学の時は本当にごめんなさい。今思うと、あなたに酷い事をたくさんしたよね。」
もし怒られるとしたら、後回しにしたくなくて私は早速本題に入る。
そうすれば彼は思ってもいなかった事を言われたかのように、何度か瞬きをしてまたゆるりと笑った。
「気にしないで良いよ。そんなに酷い事はされてなかったし。それに約束だけ守ってくれれば、構わないから。」
「あ。その事、なんだけど。」
私は彼の話を途中で止める。
ちょうど、もう一つの気になっている話題が出てきたからだ。
「実は私、約束の内容を覚えてなくて。……ごめんなさい。」
いじめの事を謝るよりも、ずっとそれは言い辛かった。
外岡の顔から笑みが消えたからだ。
「そう。覚えてないんだ。」
「ごめん、なさい。」
彼は真面目な顔をして、見つめてくる。
頑張って思い出そうとしているのだが、全くひとかけらも分からない。
だから何も言えずにいたら、彼は大きなため息をついた。
「まあ随分前だったからね。良いよ。教えればいいだけだからね。」
いつの間にか飲み終わっていたのか、ビールのおかわりを店員に頼んで話始める。
「あの時、君は僕に対してのいじめを悩んでいた。でも周りの目もあったから止められなかった。だから卒業して大人になったら、代わりに僕の為に言う事を聞いてくれるって。」
運ばれてきたビールを一口。
そして、黙って私を見てくる。
「そう、だったかも。分かった。約束通り、20歳の大人になったから何でも言う事を聞くよ。」
私は残りのビールを飲み干し、大きく息を吐く。
そして私もおかわりを頼んだ。
「良かった。そんな変な事を頼むわけじゃないから、安心して。ただ、ただね。僕と一緒にいてもらいたいんだ。」
外岡の真っすぐな視線に、何だかプロポーズをされているような気分になる。
そんな事は決してないのだが、恥ずかしくなってしまった。
「ええ。私に出来る限り。一緒にいるわ。」
自分の考えを振り切る様に、私は激しく首を振ってから了承する。
その瞬間、彼の顔はパッと輝いた。
「本当に!約束だね!」
無邪気な笑顔を見て、私は了承してよかったとほっとする。
更に話しかけようとした時、バッグの中のスマホが鳴った。
取り出して画面を見てみると、小学生からの親友の名前。
私は彼に許可を得て、電話に出た。
「もしもし。」
『もしもし。実は今、滝達といるんだけど来ない?』
電話の向こう側ではざわざわとしていて、彼女もいつもより声のボリュームを上げている。
私は慌てて、その場から離れて外へと出た。
「あー。ごめんね。今、人と飲んでいるから。また誘って。」
『えー。そうなの?もしかして彼氏とか?教えてくれれば良かったのに!』
「そんなんじゃないよ。あの、中学の時同級生だった外岡君覚えてる?彼といるの。でも恋人とかじゃないよ?」
『え。何言ってるの。』
彼女のテンションに苦笑しながら、正直に言う。
そうすると、電話の向こうの彼女が息をのんだ。
「どうしたの?」
『あんた覚えてないの?外岡って……』
話を聞いた私は、手から力が抜けて持っていたスマホを地面に落とした。
「電話、友達?大丈夫だった?」
席へと戻った私を出迎えた外岡を、怖い顔で見てしまう。
彼は顔を傾げた。
「どうかした?」
「あなたは、あなたは私をどうしたいの?」
私が椅子には座らず言い放つと、彼は口角を上げる。
ただし目は全く笑っていなかった。
「あー。誰かから聞いた?」
「ええ。あなたがずっと私を恨んでいたって。だからずっと連絡手段を残して。それで。」
「それは、ちょっと違うかな。」
彼はまた首を傾げる。
その動作は、私に恐怖しか与えなかった。
「違うって?」
「僕の人生はね、君無しには語れないんだ。だから君の人生も、僕無しには語れないようにしたいんだ。さっきも言った通り、僕の傍にずっといて。死ぬまでも、死んでからもさ。」
外岡は狂ったように笑いだす。
周りの人達が驚いた顔でこちらを見てくるが、私は手を挙げてそれを制した。
彼をじっと見つめる。
幼い自分の身勝手な行動のせいで、こんなにも歪んでしまった。
「ええ。これから、ずっとよろしく。」
それはとても甘美な気持ちにさせる。
私は彼に手を差し伸べた。
これから一生、彼と離れる事は無い。
それは確信だった。
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