救い
「もちろんです」
「ならば、まだ間に合います。
ラグナロクはすぐそこです」
そう言って、綾木はカードの裏に、ある住所を書いた。
カードを、片桐に渡す。けれどそれは彼の身分証ではないのだろうか。
片桐の迷いを見透かしたように、綾木が首を振る。
「私は、もう疲れました。ヴァーリを見殺しにした罪を償う時です」
そう言って、綾木は自分のこめかみに拳銃を押し付けた。意味を理解するより早く、片桐は綾木のデスクを飛び越え拳銃を叩き落とす。床に落ちていくそれを呆然と見る彼の胸倉をつかみ上げる。
「これ以上ロキを傷つけるのは止めてください!」
泣きそうに眉を寄せながら叫ぶと、綾木は驚いたように目を見開いた。
「ロキは、アイツは、アースガルズのリストからその情報を削除するくらいトールのことを誰より心配していました! アンタのことを心配して、慕っていて、守りたいと思ったからそうしたんだ! ヴァーリのことを悔やんで、アンタはそうならないように!」
叫びながら、片桐は泣きそうになった。そう、あの少年は、ロキという少年は、今目の前にいる大人を心配して、守ろうとしている。この人の優しさに最大限応えられるようにと、そう思っている。
『大人』に失望して、なお。
それに
「俺も、アンタに救われた! 新米だった俺の命を救ってくれたのはアンタだ!」
片桐がまだペーペーだった頃、殺人の検挙を先走り、犯人に殺されそうになったことがある。犯人の銃口が自分に向けられ、これまでかと片桐は目を閉じた。ここで死ぬことは死ぬほど悔しい。でも、その時からすでに一匹狼だった片桐は他に援軍など望めない。そもそも、取引現場の場所を誰にも告げずに来たのだ。分かるわけがない。
それなのに、
「その子は私の大事な部下です。貴方ごときに差し上げるわけにはいけません」
そう、声が響いた。
誰にも告げずにやって来た。だから、誰も来るはずなどないのに。片桐が目を開け声の主を見ると、険しい表情をした綾木が拳銃を構えていた。
綾木のことは知っている。いつも窓際の席に座り、呑気に茶を飲んでいる『昼行灯』だ。少なくとも、今この瞬間までは片桐はそう思って内心馬鹿にしていた。その綾木が、何故ここにいる。
戸惑ったのは片桐だけではない。犯人も、突然現れた第三者をどうすべきか迷っているようだった。
その隙を、綾木は見逃さなかった。
銃声が一発。
テレビなどで見る刑事のように、日本警察は発砲することはほとんどない。けれど、躊躇いなく犯人の手を打ち抜いた。その後のことなど、理解しているはずなのに、一寸の躊躇もなく。うずくまる犯人に普段の様子からは想像つかない素早さで走り寄り、綾木は犯人の手に手錠をかけた。
「殺人、及び公務執行妨害で逮捕する」
響いた声は凛としていて、へたり込んだまま、片桐は綾木を呆然と見つめていた。正直、馬鹿にしていた。『昼行灯』などと呼ばれ、現場に出ることもなく呑気に茶を啜るだけの、置き物のような存在だと、そう。
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