知られざる真実
「諦めるんだな。裏切り者に生はない。だが、お前がアースガルズに戻ると言うのであればオーディン様もお許しになるだろう」
「くたばれ凡人共」
吐き捨てれば、腹部を蹴り上げられ、呻き声と共に床を転がる。胃液が逆流し、吐き出す。それを蔑んだ目で見下した後、アグニたちは背を向けドアを閉めた。明り取りの小さな窓から漏れる明かりしかない部屋で、ロキは仰向けに転がった。見えるのはただの黒に染まったコンクリートだけだった。いつものブルーライトで照らされていない、暗闇。だが、あの日からロキはずっとこの部屋にいたような気がした。
「やっぱり僕じゃだめだったよ、ヴァーリ、トール」
小さな声で呟いて、自嘲の笑みを浮かべる。結局、自分に出来ることなど何もなかったのだ。
ヴァーリに助けてもらった命なのに。
彼に託された命だったのに。
脳裏に、くたびれた刑事の姿が浮かんだ。自分と関わることで、ユグドラシル計画を知ってしまった、不運な刑事。彼は言ってくれた、絶対に裏切らないと。でも、と苦笑する。いくら何でもこの状況を助けてくれとは言えない。口が裂けたって言えない。ただ、彼がこの深淵から抜け出せるよう、けして誰にも捕まらないよう祈る。だって、ここまで連れてきたのは自分なのだから。
「逃げてね、オジサン」
呟いて目を閉じる。
見慣れた
*
ロキと連絡が取れなくなって、一日。現場検証から聞き込みまで出来るだけのことはした。けれど、居場所どころか足跡さえつかめない。組織の強大さを思い知らされ、自分の無力さを思い知らされ、突きそうになる膝に活を入れる。裏切らないと誓った。あの儚い少年に、自分は絶対裏切らないと誓った。あの日の気持ちに偽りはない。なら、ここで諦めるわけにはいかない。
都内の地図を取るために一度戻ってきた署の自席に、綾木の姿を認め、片桐は足を止めた。
「綾木警部補?」
訝しんで問えば、彼は片桐が戻ってきたことを確認し視線を片桐に向ける。
「あの少年の──ロキの行方を追っていらっしゃいますね」
突然の言葉に、声を失う。
「貴方が何故……」
呆然とする片桐に、綾木はいつもの通りおっとりとした、けれどどこか疲れたように首を振った。
「残念です、片桐刑事」
そう言って、彼が懐から出したのは黒いカードだった。黒地に白抜きで書かれている文字は『Asgard』──アースガルズ。
そのカードを持っているということは、つまり
「貴方も、関わっているんですか? ユグドラシル計画に」
片桐の問いに頷き、綾木は閉じたノートパソコンをそっと撫でた。
「まさかとは思いましたが、貴方もユグドラシル計画を追っているとは思いませんでした」
諦めたように笑い、綾木は片桐を真正面から見つめた。
この瞳を、片桐は知っている。
ロキと同じ、すべてを諦めた寒い目だ。
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