作戦、失敗

 ディスプレイが沈黙したということは、ロキの役目が終わったということだ。じりじりと連絡を待っていると、ほどなくして通信機が声を上げた。


『しまった』


 開口一番のロキの言葉に、片桐は焦りながら声をかけた。


「どうした?」

『フギンとムニンに見つかった』


 通信機から聞こえてくるロキの声は酷く焦っていて、雑音が酷くなったということはおそらく今、彼は走っているのだろう。初めて聞く名だが、ロキが焦るほどの相手だ。ろくな連中ではないのだろう。


「誰だよそれ」

『オーディンの専用監視役だよ』


 緊張した声で聞くと、荒くなってきた呼吸で返事があった。おそらく、走りながらロキは時折振り返り話しているのだろう、声が遠くなったり近くなったりしている。


「おいおい、そりゃまずいんじゃないんじゃないか?」

『大いにまずいね。このままじゃ捕まるのも時間の問題だと思う』

「おい、今どこだ! 俺が迎えに、」

『巻き込んでごめんね、オジサン』


 片桐の言葉を遮り、ロキは小さく苦笑したようだった。その意味を問うより早く、彼は矢継ぎ早に言う。


『まだオジサンのことはオーディンにバレてない。だから、うまく逃げてね』

「ロキ!」

『じゃあね、オジサン』


 同時に聞こえた通信機が破壊された音に、片桐は呆然とした。ロキは今、アースガルズに追われている。まだ少年の足だ、捕まるのは時間の問題だと本人も理解していた。けれど、ロキは片桐に助けを求めることは無かった。それどころか、通信機を破壊し、片桐との接点を奪った。この部屋からバレないように出れば、そこであの少年との関りは本当に途切れてしまうだろう。


「冗談じゃねぇぞ」


 砂嵐の雑音しか流さなくなった通信機を握りしめ、片桐は奥歯を噛んだ。


 冗談じゃない。誓った。あの、寒さを耐えている少年と、確かに裏切らないと誓った。ここで彼を見放してしまっては、その誓いを破ることになる。それだけはあってはならない。


「絶対助けに行くからな」


 聞こえないと分かっていても、呟かずにはいられなかった。








 どさりと音を立てて、ロキは無人の部屋に放り出された。その前で、長身の男──アグニが、見下すようにロキを見ている。その後ろではフギンとムニンが独特の仮面をつけて、軍隊の整列のように背中の後ろで腕組をして仁王立ちしている。顔上半分を隠す、烏のくちばしのような仮面。彼らはヴァルキリーやアースガルズの前に立つとき、その仮面を決して外さない。


 アグニは、腕組みをし、ただロキを見下ろす。


「お前の処遇はオーディン様がお決めになる。しばらくここで大人しくしてるんだな」


 何もない部屋に転がされたまま、ロキはアグニを睨みつけた。手足は拘束されていて、どんな抵抗も不可能だ。そもそもロキが強いのはインターネット上でだけで、それを取り上げられてしまえばただの幼い子供でしかない。

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