侵入成功

 この少年は、「大丈夫」という言葉をよく口にする。はたして、それを本当に信じていいのだろうか。口を閉じてしまった片桐をロキは軽く笑い、「オジサンは心配性だな」と言ってきた。


 彼は理解している。自分がいかに危険な橋を渡っているのかを。それを片桐は手伝えないということも。


 自分の無力さに、歯噛みする。


『じゃあ、一旦通信切るよ』

「おい、ロキ」


 思わず呼び止め、かける言葉が無いことを思い出す。一度唇を噛み、それでもと口を開く。


「何かあったら、俺の名前を出せ」


 その言葉に、数拍間が開く。


『気が向いたらね』


 笑いながら言って、ロキは通信を切った。音の出なくなった通信機を見つめながら思う。きっと彼は、そう言って、片桐の名前を出すことは無いのだろう。絶対に、確実に。


「……ちくしょう……」


 どうして、自分はここまで無力なのだろうかと、片桐は拳で目を覆い天井を仰いだ。


 次にロキから連絡があったのは、二十分後のことだった。その間、焦燥感にかられ無意識に貧乏ゆすりをしていた片桐は、飛び掛かるように通信機に顔を近づける。


「無事か?!」


 開口一番のセリフに、ロキは小さく噴き出す。


『無事だよ。上手く中に潜入できた』


 どこか得意げに言って、彼は声を潜めながら歩き始めたようだった。


『中は意外と殺風景なんだね』

「どこにでもあるただのお役所だからな」

『自分の職場、そこまで言う?』


 クスクスと笑うロキはどこまでも自然体で、ふと不安を覚えた片桐は、恐る恐る尋ねた。


「ところで、潜入って言うからにはどこかに隠れながら進むとか」

『するわけないじゃん』


 案の定の言葉に、眩暈がした。この少年は、まがいなりにも敵地に入ったにも関わらず、堂々と歩いているらしい。潜入の意味を、分かっていないわけではあるまいに。


『こういうのは、コソコソしてる方が逆に目立つんだよ。多少堂々としてた方が上手くいくんだって』


「現に、ボクに話しかけてきたの婦人警官くらいだよ」と明るい口調の少年に脱力する。


 そうじゃない。


 そう言う問題じゃない。


 大体、この間まで自分は追われる身だ何だと言って外に出ることもしなかったではないか。いや、きっかけは自分か。それにしたって変わり身が早すぎやしないか。


 言いかけた言葉を全て飲み込む。とりあえず、早急に用事を済ませ、その場から撤退することが大事だ。そうだ。それが最優先だ。


「場所は分かったのか?」

『うん。ここかなってのは見つけた。適当な人のPCに入ってみるよ』


 簡単に言ってくれる。それがいかに難しいのかくらい、片桐にだって理解できる。それなのにロキはあっけらかんと言ってまた通信を切った。おそらく、目的地付近に来たのでハッキングに集中するためだろう。


 五分ほど待った時、ロキが付けっぱなしにしていった備え付けのディスプレイに、無事にハッキング出来たのか大量のデータが流れ始めた。片桐が見たところで分からない情報の渦。数分かけて情報を最後まで吐き切った後、ディスプレイはまた静かに沈黙した。

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