事件の裏側
「畑中さんだっけ? 被疑者。多分裏にいるのはオーディンだよ。追加調査、頼まれてるでしょ」
あっさりと言われ、言葉を無くす。この少年は、どこまで見通しているのだろうか。インターネットのみならず、リアルの世界まで見通しているのではないだろうか。
「オーディンが裏で糸引いてるって、何でだよ」
震える声を押し殺して問いかければ、ロキは視線を再び片桐に向け、こう言った。
「ボクの居場所を突き止めて殺すために決まってるじゃない」
「っ!」
思わず、息を飲む。淡々と話す少年は、自分がどれだけ危ない橋を渡っているのかを理解している。
理解した上で、なお、抗おうとしているのか。
「まぁ、田端さんは口を割らなかったみたいだけどね。いや、単純にストーカーに脅されてると思っただけなのかな。
とにかく、ここはバレてないからそれでいいよ」
感情のこもらない瞳、感情のこもらない声、感情のこもらない顔、そのすべてがロキを余計に儚く見せる。
「……お前、怖くないのか?」
その言葉に、ロキは小さく嗤う。
「怖いから歯向かわないでしょ、普通」
当たり前のことだとばかりに言われ、今度こそ片桐はかける言葉を無くした。眼鏡を外し身体ごと片桐に向き直り、ロキは小首を傾げた。
「ねぇ、もう来ないで」
淡々とだが拒否を許さない言葉に初めて拒絶の色を見つけ、片桐は何と答えたらいいのか分からなかった。
放っておけない気持ちと、ロキの意思を尊重したい心の狭間で、片桐は揺れる。
「それで、お前はどうするんだ?」
考えずに出た言葉に、ロキは相変わらずの表情で親指でディスプレイを指さした。
「今まで通りだよ。ミョルニルを返すだけさ」
「嘘だ」
「……っ」
片桐の言葉に、ロキは初めて表情を変えた。泣き出しそうな顔になった彼に、やはりさっきまでの表情は虚勢なのだと確認する。
「お前、独りでアースガルズに立ち向かうつもりだろ」
「そんなわけ、ないじゃない。だってボクごときが歯向かえる相手じゃないことくらいオジサンだって分かってるでしょ?! だからボクはせいぜい掻き回すことくらいしか、」
「それでもお前はやる」
確固たる自信をもって片桐は告げた。
「それがヴァーリの願いなんだから」
ヴァーリの名を出した瞬間、ロキの眉が泣きそうに歪む。歳より幼く見せるその表情に、片桐の胸もつられて軋んだ。
この少年は、どれだけの悲しみを自分一人のものと抱えているのだろうか。もっと周りを頼れと言うには、彼の環境を考えると酷なことなのだろう。それが堪らなく切ない。もっと甘えていいのだと、頼っていいのだと、そう教えてくれる人は、今はもういないのだから。ならばせめて自分のことを頼ってほしい。甘えてほしい。そうする権利がロキにはあるのだから。
「俺は死なねぇよ、ロキ」
片桐の言葉に、ロキは肩を震わせた。
「約束、したじゃねぇか。俺を嘘つきにさせるつもりか?」
ロキの揺れる瞳をしっかり見つめ、片桐も泣きそうな顔で笑った。
「お前を置いて死なねぇよ。俺の信条にかけてな」
それが、決定打だった。
ロキの頬を、一筋の雫が伝う。
一筋、二筋、雫は静かに増えていく。けれど決して声を上げないロキが悲しい。
片桐はロキに近づくと、そっと彼の身体を抱きしめた。
「約束だ、ロキ」
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