奇妙な違和感
「瑠香ちゃんですか?」
被害者の親友である木元明日香は、片桐の問いに眉を寄せた。
「前に刑事さんにお話ししたと思ったんですけど……犯人、捕まったんですよね?」
猜疑心で顔をしかめる木元を、「まぁまぁ」と落ち着かせる。
「最終調査というものです。犯人は間違いないのですが、最後にもう一度だけ身辺調査をすることになってまして」
勿論嘘だ。そんな捜査は存在しない。だが、警察関連に詳しくないであろう木元は、案の定すんなり受け入れた。
「前にもお話ししたんですけど、瑠香ちゃんはとてもいい子です。逆恨みだなんて嫌な話」
「ストーカー以外に、何か変わった点はありませんでしたか?」
片桐の問いに、木元は少し考えるように目を彷徨わせた。
「あぁ、そう言えば」
彼女は今思い出したように、ポンと手を叩く。
「彼女、時々お金持ちになる時があったんです」
「お金持ち?」
「そうなんです。バイトもしてないのに、いきなりご飯奢ってくれたりしました。
『どうしたの? これ』と聞いても教えてくんなくて」
「なるほど……」
アルバイトをしていないのに収入を得ていたと言うことは、何か危険なことでもしていたのだろうか。思案気に眉を寄せる片桐に、木元は恐る恐る声をかけてきた。
「瑠香ちゃん、なにか変なことしてたんですか?」
「いえ、」
「おそらく大丈夫だ」とは、片桐は言えなかった。お金が急に泡のように出てくるわけはない。そこには何かしらの金銭のやり取りがあったはずだ。それが事件とどう絡んでくるのかは分からないが、忘れないでいた方がいいだろう。
「わざわざありがとうございました」
「いえ……」
小さく一礼して去っていく木元の背を見ながら、片桐は考える。
この事件には裏があると言った綾木の言葉を疑ったわけではないが、気になる項目は確かに一つ増えた。それがどう事件に絡むのかが、まだ分からない。
一度被疑者とも話をした方がいいのかもしれない。
後頭部を掻きながら、片桐は拘置所に足を向けた。
「彼女との出会い、ですか」
プラスチックの板を一枚挟んだ向こう側で、畑中智成は落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
「ま、前にもお話ししたんですが」
「念のためというものです。もう一度お願いします」
片桐の言葉に一度つばを飲み込んでから、畑中はぼそぼそとした声で話し始めた。
「き、近所だったので、じ、自分の部屋の窓から、見てました」
「具体的なアプローチとは」
「は、花束を入れたり、プ、プレゼントを贈ったり……で、でも彼女が気付いてくれないからっ!」
激高する畑中を警備員が押さえるが、それを片手を制しあくまで冷静に声をかける。
「彼女とは、それだけですか?」
その問いに、畑中の肩がびくりと揺れた。貧乏ゆすりをしながら視線を彷徨わせる様は、まるで追われた子羊のようで、明らかに何かを隠している。それでも引きつった、あるいはこびへつらうような笑みを浮かべ、畑中は視線を逸らしたまま引き笑いをした。
「そ、それだけですよ。それだけですよ」
「しかし」
「も、もういいでしょう、刑事さん。か、彼女を殺したのは、お、俺です。そ、それだけです」
親指を噛みながらそれだけ言い、畑中は本当に口を閉ざした。諦めきれないため息を一つ零し、片桐はその場を後にするしかできなかった。
拘置所から出て、腰を伸ばす。綾木の言った通りだ。この山には裏がある。殺したのは畑中だろうが、そう指示した人間が裏にいる、そんな気がした。
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