そして運命は動き出す
「
裏切りの神。
相対する世界にいながら、友を作り、最後で裏切るトリックスター。
そのものに、彼はなると言うのか。
「普通の生活、は、望まなかったのか」
我知らず震える声で問えば、ロキは鼻で笑った。
「今更。ボクにそんな平凡な生活は訪れない。永遠にね」
その瞳はすべてを諦めていて、同時に憐れみさえ拒絶していた。この少年は、独りを選んだのだ。施設に留まることをやめ、他人と触れ合うことをやめ、この大きな箱庭の中で独り、世界と戦うために。
ギリッと、片桐は湯飲みを握りしめた。
「その組織を、潰そうって言うのか? お前は」
片桐の言葉に、何でもないことのように笑ってロキは首を振った。
「まさか。ボクにはそんな力はないよ。せいぜい、引っ掻き回すのが関の山さ」
本当に、そうだろうか。
本当にこの少年は、諦めるだろうか。
いや、きっと諦めない。この少年は、ロキは、政府を敵に回したとしてもその計画をぶち壊すだろう。
それが彼の理想郷なのだから。
「俺も付き合わせろ」
「は?」
「サイバーテロは生活安全部の管轄だが、凶悪犯罪は俺たちの領分だ。そんな凶悪犯罪を見逃すわけにはいかねぇ」
目を丸くした後、ロキは心底愉快そうに膝を叩いて笑った。幸いだったのは手にしてい湯飲みがいつの間にか空だったことだろうか。ひとしきり笑った後、彼は笑いすぎて涙の浮かんだ顔で片桐を見る。
「オジサン、正気? オジサンっていわば政府側の人間でしょ? 政府に喧嘩売っちゃダメじゃん」
そう笑う彼が、もう片桐は放っておけなかった。自分に子供はいないが、こんないたいけな子供がないがしろにされる世界を放っておけるほど、正義感は薄れていなかったらしい。冷めてしまった湯飲みの茶を一気に呷り、ロキを見る。
「俺が仕えてんのは、俺自身の信条だ。政府じゃねぇ。だったら問題ねぇだろ」
ニッと笑うと、ロキは目を見開く。
「いいの? オジサン」
「おうとも。男に二言はねぇ!」
その返答がよっぽど意外だったのか、しばらくロキが固まった。そして、悲し気に笑って飛びながら本を上り、ディスプレイの方を向いた。
「じゃあ、約束して」
肩越しに振り返るロキは、何故か泣きそうだった。
「ボクを遺して、死なないでね」
年相応の少年の顔に、返答に詰まる。
「それだけ、約束して。絶対」
そこで「否」と答えたら彼はもう二度と片桐に心を開くことはないだろう。それを悟れないほど片桐は愚かではない。だから、一つ頷いた。
「分かった」
「信条にかけてね、オジサン」
わざとおどけたように歪な笑みを受かべ、ロキは手にしていたものを片桐に放った。慌てて受け取れば、一昔前に流行ったロボットアニメのメカのようなもので、思わずキョトンと目を丸くした。その反応が意外だったのか、ロキも目を丸くした。
「VRゴーグルだよ。オジサン、知らない?」
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