少年は斯く語りき

「ボクは知ってるよ。みーんな知ってる。情報化? だっけ? あれのおかげでボクはボクの理想郷を作ることが出来た」


 嬉しそうに、楽しそうに、ロキは笑う。


「理想郷?」

「そうだよ? 理想郷。アヴァロン。ユートピア。この際名前はどうでもいいや。ボクの楽園。ボクが描いた理想を実現させる場所。それがここさ」


 仰々しく両手を広げ、数多あるパソコンをさすロキを、片桐は訝し気に見つめた。


「理想って、何だよ」

「決まってるじゃない。平和な世界だよ」


 何でもないような口調で言って、呆れたように彼は首を振った。


「今の社会は、腐ってる。情報管理社会だか何だか知らないけど、都合のいい情報ばかりを掲示して、都合が悪い情報は秘匿する。おかしいじゃないか。そんな表面上の平和なんて。この国は平和だなんて言われてるけど、それは張りぼて。蓋を開ければ中は泥まみれ。ボクは嫌いだな、そう言うの」


 心底嫌悪している表情で、吐き捨てるようにロキは言う。


「だからボクは、本当に平和な世界を作るんだ。必要な情報は掲示されるべきだし、無用な組織は消えるべきだ。でもさ、そこには邪魔なんだよね、政府とか、セキュリティとか。要らないものは処分しなきゃ。

 そしたらさ、何か裏で面白いことやっててさ。ボクそういうの壊すの大好き」

「面白いこと?」


 気付けば、片桐はロキのペースにすっかり呑まれてしまっていた。彼の口から語られるのはどれも夢物語で、実現不可能なことは分かっている。分かっていても、確かにそれは片桐が目指している理想の世界だったからだ。そのために警官になった。少しでも平和になるようにと、この道を決めた。現実に打ちのめされながらも、意地になってしがみついていた理想を、少年は実現させてみせると言ってのけたのだ。


「この国の孤児が何人いるのか知ってる? 五百七十人、いや、もっとだね。彼らを集めて政府が何をしようとしているか」


 背後のディスプレイを睨みつけて


「サイバーテロ組織を作ろうとしてるのさ」

「っ?!」

「今、世界中でサイバーテロが頻発しているのは知ってるね? この国も、同じようにそのための組織を秘密裏に作ってるんだ。身寄りのない子供を集め、英才教育をし、プロのハッカーに育てる」


 手にした緑茶に視線を落とし、クルクルと湯飲みを回しながらロキは自嘲するように笑った。


「ボクも、そこの一員だった」

「お前も?」

「昔話をしようか」


 唐突に言って、ロキは何かを見るように空を仰いだ。


「昔々、あるところに身寄りのない一人の少年がいました。彼は孤児院で育ち、酷い虐待を受けていたのです。彼は思いました。こんなところ、出て行こうと。そんな時やってきたのは、一人の黒いスーツを着た男の人でした。彼は言いました。『共にこの国の未来を救おう』と。少年は喜んでその手を取りました。だって、そうしたらこんなクソッたれな施設から逃げられると思ったからです。

 でも、辿り着いた先は更なる地獄でした」


 ロキの、湯飲みを持つ手が白くなる。中の茶は水面に小さな波紋を立てていて、片桐はようやくロキが小刻みに震えていることに気付いた。


「英才教育なんてのはね、体のいい隠れ蓑だよ。あそこで行われていたのは、洗脳そのものだ。いかにこの国のために死ぬ覚悟を持たせるかを考えた、ね。ボクは元々この国のためなんて考えでついていったんじゃない。だから、洗脳されにくかったんだろう。でも、他の子は違う。『自分が必要とされている』ということが嬉しくて、組織の人間の言うことは何でも聞いていた。熱心にね。でも、ニュースでは誰もそれを報じない。政府が隠しているからだ。

 そして思った。『情報社会なんて言っているけれど、所詮は政府の掌の上なんだ』って」

「それで」

「それでこその、楽園ネバーランドさ」


 そう言って、ロキは初めて片桐を睨みつけた。その奥の更に奥を憎むかのように。


 この子は、二度裏切られたのだ。


 一度目は、子供を守るための施設に。


 二度目は、この国そのものに。


 この少年はきっと、この世界そのものを憎んでいるに違いない。片桐はそう思った。

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