接触

 そう手を振ると、本条は心底不思議そうに瞬いた。


「ダメもとで聞いてみたらどうですか?」

「いや、連絡取ろうにも手段が……」


 そこまで言って、思い出す。


 Lと連絡を取っている人物が、今、目の前にいるじゃないか。


「お前、聞けるのか?」


 恐る恐る聞いてみると、本条は何でもないような顔で小首を傾げた。


「連絡先ですか? 聞いてみましょうか」


 言いながら、ひと言断りスマートフォンを取り出す。メッセージを送信すると、返事が来たのか画面を片桐の方に向けた。そこにはひと言、


『彼がそれを望むのならば』

「は?」


 その返答に、今度は箸を落とした。思わず本条のスマートフォンを奪い、慌ててメッセージを送る。


『お前正気か?!』

『アナタがそれを望むなら、望むだけ。ワタシはミョルニルを返しましょう』

「Lさんは何て?」

「いや、ミョルニルを返すって」

「なら知りたい情報を教えてくれますね」


 我がことのように嬉しそうに破顔し、本条は食事の続きを始める。それを見ながら、片桐はスマートフォンの画像をもう一度見た。


『ミョルニルを返しましょう』


 その言葉の意味を、もう一度噛み締めながら。



 *



 パソコンを立ち上げると、もうすでにLからのメールが来ていた。


『いらっしゃい。そしてさようなら』


 いつもの決まり文句から


『使用コードK。アナタが選ばれたスクルドならば』


 添付されたURLには、『アナタはスクルドですか?』と言う単語と、テキストボックスが一つだけ置いてある。少し考えた。アナタがスクルドならばの単語の意味はなんだろうか。スクルドとは、登場する運命の女神。ノルン──運命の女神──たちの一柱で、三姉妹の三女。その名前は「税」「債務」「義務」または「未来」


 そして、おそらく書かれている文言はルーン文字。その文字が意味する単語は『ken』。知恵。ひらめき。やる気。情熱。


「知りたくば入れ」と、言外に告げている。


 考えろ。


 考えろ。


 その答えがあっているのかは分からない。分からないが、Lからのメッセージはこれだけだ。返答はこのサイトでしかできない。ならば、それに乗るしかないではないか。


『ken』と入力し、エンターキーを押すと、画面が切り替わった。


『ようこそ、選ばれしスクルド。ワタシはアナタを歓迎します』


 そこに記されていたのは、IPアドレスが一文。検索をかければ、都内のとある雑居ビルを指していた。そこに、Lがいる。そう本能で悟った。



 *



 たどり着いた雑居ビルは、廃墟だった。作りかけなのか足場が組まれているも鉄パイプはサビてボロボロになっており、鉄柵もサビだらけだ。地上四階建てにしようと思ったのか、作りかけの壁が何とも言えず物悲しい。まずは地上を探索しようと廃屋に足を踏み入れると、メッセージの着信音が響いた。


『地下三階へどうぞ』


 署名はない。ないけれどもはやこれがLの指示であることは間違いない。促されるまま、地下へと続く階段へ足を向けた。


 作りかけの廃屋はエレベーターもなく、下ることは少々骨が折れたが、普段の運動のおかげかさほど息切れもせず地下三階へと降りることが出来た。降りると、そこにはドアが一つ道を塞いでいる。というよりも、地下三階はここ以外に道がない。つまり、これだけのために作られた階なのだろう。


 ドアを開けると、まず目に入ったのは無数のパソコンディスプレイだった。十、いや、二十近いディスプレイがすべて中央を照らしている。次いで、そのまえに高く積まれた本。


 そして、ピラミッドのように積まれた本の上に、少年が一人座っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る