Lという人物

 それからは違う事件の捜査でバタつきながら、本条の事件について秘密裏に調べていた。幸い公安には同期の斎木が勤めている。それとなく話を振ってみたが、知らないようでキョトンと首を傾げられただけだった。北欧神話に詳しいかと問えば、「イヤ全く」と返されてしまったのでそれ以上の言及は出来なかった。本条はと言うと、片桐の部屋の掃除をしながら彼の吉報を待っているようだ。


 深夜まで署で調べ続けていたら、インターネットを見続けていたので目が痛くなってしまい、眉間を揉む。すると、温かいコーヒーがデスクに置かれた。相手を見れば、唯一片桐を認めているらしい速水が自分もコーヒーを啜りながら片眉を上げた。


「こないだから何調べてんだ?」


 訝し気な声に、一瞬言葉を迷う。速水に聞いてみていいモノか判断がつかない。最近ではLからの連絡もないし、どこまで言っていいものか。


 迷っていると、PCの画面を覗き込んだ速水が口笛を吹く。


「Lの都市伝説じゃないか」


 たまたま開いていたのが都市伝説についてだったことに安堵しながら、速水の言葉にピクリと反応する。


「Lの都市伝説?」


 片桐の言葉に、速水は意外そうに片桐を見た。


「何だ。お前知らないのか?」


 デスクに凭れかかり、コーヒーを啜る。


「青少年を中心に広がってる噂だろ? 掲示板に『ミョルニルを返してください』って打ち込むとLってやつから返信が来るってやつ」

「そんなに有名なのか?」

「有名だぞ~」


 楽し気に笑い、片桐を見て肩を竦める。


「情報屋だかクラッカーだか正体は不明だって奴だろ。あぁ、懇意にしてるデカがいたはずだぞ」


 その言葉に思わず反応した。


「誰だそいつ」


 あまりの勢いに若干身を引きながら、速水は記憶を探るように視線を上げる。


「確か、四課の田代だったかな。マル暴関連で良く情報をもらってるって」


 速水が言う終わるか否か、片桐は走り出していた。四課の明かりはまだついている。誰が残っているのか分からないが、とにかく情報が欲しい。四課に駆け込めば、ちょうど最後の一人が出ようとしてようとしているところだった。


「田代は今日署に戻ってくるか?!」


 勢いよく問えば、中肉中背の男はちょっと身を引いて「俺だけど」と答えてきた。運がいい、と片桐は彼の両肩をがっしりと掴んだ。


「Lと懇意にしてるってホントか?」


 片桐の勢いに押されたのか、田代は頷く。これでLへの足がかりが出来た。


「ちょっと詳しく聞かせてくれないか」

「どうしたんだよ、お前一課の片桐だろ? Lのことどっから知ったんだ」


 戸惑う田代に、返事を迷う。何と説明したらいいのだろう。本条のことは隠さなければならない。ならば、何と言う。


「ある山を追っかけてたら行きあたってな。正直眉唾モンだがアンタが知ってるって聞いたんだ」


 ぼかして話せば、納得したのか田代は手にしていた荷物を近くのデスクに置いた。


「俺自身、あんま知ってる情報はねぇぞ?」


 そうひと言置いて


「掲示板に『ミョルニルを返してください』と入力すんのは知ってるよな? そのあと出てきたURLでやり取りする。そんだけだ。サイトは毎回変わってて、二度と同じサイトにはアクセスできねぇシステムらしい。正体も年齢も不明だが、持ってる情報だけは確かと来た。どうしても山に詰まった時は利用してる。そんだけだ」

「同じサイトには二度とアクセスできない」

「そうだ。毎回違うURLが送られてくる。尻尾を掴ませないためだろうな」


 田代はそう言って、スマートフォンを見せてきた。そこに表示されていたメッセージは、田代の情報に関する問いとその答え。そして送信エラー。懇意にしている刑事にすら同一サーバーを使わないとは、どこまで用心深いのだろうか。眉間に皺を寄せると、同感なのか田代も肩を竦めた。


「正体不明ってのは、やっぱ気になるよな」

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