日常の中の非日常
片桐がそこに行きついたのは、ほんの偶然だった。
本条奏汰が良くインターネットをしていたと言うだけで様々なサイトを渡り歩いていた、とある掲示板に書かれたひと言。
『ミョルニルを返してください』
始めは何のことだか分からなかった。話の流れをぶった切るようにして綴られたその一文はやがてネットの流れに消えてしまったが、不思議と誰もそれについてコメントをしなかった。確かに雑多に流れていく文字たちだが、一人くらい反応してもいいだろう不自然な一言だったと言うのに。
ミョルニルとは、北欧神話の神トールの愛用していた武器だ。裏切り者のロキに何度か奪われたが、そのたび取り戻したエピソードがある。そのミョルニルなのだろうか。
興味が湧いた。本条奏汰の事件に鬱屈していたせいもあったのだろう。その不可思議な発言をすることによってどうなるのか、それが知りたくなった。きっかけはそんなものだ。
『ミョルニルを返してください』
そう打ち込んだ時、それまで滝のように流れていた文字が、ふと途切れた。時間にして十数秒だが、確かに途絶えた。次にその流れが復活した時に目に入ったのは、
『珍しく、二人目だ』
意味を問うより早くその発言は流れていき、訳の分からぬまま片桐はまた流れ始めた文字を見るより他なかった。
そうして何分掲示板を見ていただろうか。元々情報収集のために見ていただけに過ぎない作業にも飽きて、件の失踪事件について考えようとした時、軽い音を立てPCのメールの着信が鳴った。
仕事仲間にしか教えていないメールアドレスだ。何か事件でも起きたのだろうかと内容を見たら、宛名はどこにも記されていない。本文には簡素に
『いらっしゃい。そしてさようなら。ワタシがアナタの願いを叶えましょう』
意味が分からず、片桐は目を丸くした。仕事仲間のものではない。だが、このメールアドレスは仕事仲間にしか教えていない。では、これは何だ。
戸惑っている片桐を見透かしているように、相手は言う。
『本条奏汰さんの失踪事件でお困りですね』
今度こそ、息が止まった。
何故、どうして、どこから、
固まってしまった片桐に、相手は続けた。
『チャットルームに移動しましょうか』
そうして送られてきたURLをクリックすると、水色の背景に白い吹き出しで、もうすでに文字が打ち込まれていた。
『彼の居場所なら、知っていますよ』
『どこ』
反射的に返信し、少し経ってから冷静になり片桐は続ける。
『お前は誰だ。どこからその情報を入手した』
『ワタシのことは「L」とお呼びください。情報の入手経路は企業秘密ですが、確実な情報であることはお約束します』
Lの返信に、片桐は迷った。相手の素性も分からない状態で、その情報を鵜呑みにしてもいいのだろうか。けれど、今はそれ以外に情報を得ることが出来ない。屈辱的ではあったが、藁にも縋る思いでキーボードを叩く。
『本当に、正確なんだな』
『我が名にかけてお約束しましょう。片桐刑事』
ひゅうッと息を吸った。どうしてLは、片桐の名前を知っているのか。どうして刑事だと知っているのか。この相手は一体何者なんだ。
『どうしてお名前と職業を知っているのか、と訝しんでいらっしゃいますね』
見透かしたようにLは言う。
『ワタシはこのインターネット上、すべての情報を手にしています。不可能だとお考えでしょうが、事実です。あの暗号をご存じだったのに、ビックリされていることが驚きです』
画面ごしでも分かる楽しそうな言い回しに、片桐は先ほど入力した言葉を思い出した。
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