タイホ

『あらー、野性の勘もあなどれないものですねー。もっちろんありますよー。まずは、マサキ・ユリノさん。逃げないように見張ってくださいねー。ご近所の証言と食い違いがありましてですねー、コナユキの常用者は、ユリノさんの方だという疑いが濃厚でーす』

「他には?」

『右後方のニット帽のオニーサンと、その二人ほど隣のオネーサン。妨害電波を妨害する記録メディアを持っているので、確実に巻き上げてきてくださいねー。時々刻々と進歩するテクノロジー、面倒ですよねー。新型や独自開発ということも考えられますので、後でちゃんと提出してくださいねー。壊したら減点でーすっ』

「わかった」

『ところで、ユキカちゃんはどうされるおつもりです?』


 コナユキの使用者は、アサシンの捜査官であれば殺害をとがめる法はない。

 そのため、後々のちのちの手続きを面倒がって、すべて殺処分で終わらせる所属員も少なくはない。そうでなくても、手のつけようがなくて殺害、といったことも多い。

 チヒロは、二人の会話を聞いて身を強張らせる少女の背を見下ろす。


「ササノさんに手配を頼んでくれ」

『はーい。いつもながら、チヒロ君は甘いですねー。そんなだから、友達の一人もいないんですよー。そのうち、同僚にめられちゃいますよー?』

「そんなことをこの電波で言うトーコの方が余程消されそうだが?」

『わたしはそんなへまはしませーんっ。チヒロ君とは一緒にしないでほしいですー。セブンスなのに現場仕事なんて、よっぽど、よーっぽどのクズですよ? ちゃんと自覚ありますー?』

「うるせぇ」


 どこまでもまとわりつく「セブンス」の名を払いのけ、チヒロは、ポケットから一本、飴を取り出して包装をやぶいた。棒だけになった残骸を吐き捨て、それを口に放り込む。

 そうしてもう一度ポケットに手を入れると、手錠を取り出した。


「マサキ・ユキカ。コナユキの使用により身柄を拘束する」


 冷たい金属に両手を拘束され、少女は、怯えたようにチヒロを見つめた。

 チヒロは、立ち上がるよううながすと、空になったペットボトルを受け取り、周囲へと視線を移す。


「マサキ・ユキカ。コナユキを持っていたのは母親だな」

「……」

「違わないなら答えなくてもいい。自分で使うのは今回が初めてだな?」

「…どうして?」

「常用者は、気味が悪いほどに肌が白くなる。それに、何度も使っていれば、そうそうあそこまで我を失うほど酔いはしない」


 必ずしも当てはまることではないが、少女は、それで納得したようだった。俯き、唇をめる。


「そのたった一度で、苦しみ続けることになる。それだけは、覚悟しておけ」

「殺されるんじゃないの…?」

「コナユキについての研究を続けている奴がいる。そこのモルモットになってもらう。死ぬのとどっちが良かったかは、後で自分で決めてくれ」


 一旦少女を警官に預けるついでに母親のことを耳打ちし、チヒロは、ばらばらと解散し始める野次馬の中から、トーコの示した二人を追うべく向きを変えた。


『ほーんと、チヒロ君は甘いですねー。ギゼンシャってやつですねー。そのうちどっかで犬死するのが運命みたいなー?』

「…かもな」


 わずかに一瞬だけ、チヒロは空を見あげた。

 ほんの少し前、自分がそこを飛んでいたとは信じられないほどに見事な青空が、そこには広がっていた。

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