コナユキ

 軽くはないがまだ十代のチヒロが十分に持ち上げられる程度の機械を背負い、からぶかしする。そうして、チヒロはビルのへりを蹴った。

 ふうわりと、一度沈んだ体はだが、背負った機械の力を借りて重力に逆らい、宙を進む。

 見下ろせる街の景色に特に何かしらの感情をあらわにすることもなく、チヒロは、ただ、地図を位置だけを確認して進んでいく。

 その間、耳にすっぽりと填め込んだ通信機からは、トーコの声が聞こえ続ける。


『ユキカちゃんのコナユキ使用歴は、お母様の申告によればここ最近のようですねー』


 コナユキ。

 それが、アサシンなどという物騒きわまる組織を生み出した大本。

 大雑把に言えば、麻薬。一時マスコミは魔薬だなどともてはやしたそうだが、それが冗談で済まなくなったと知るのに、そう時間はかからなかった。


 飴のような姿かたちをして、使用法もやはり同様に、口に入れてめる。

 何故だか個人差も少なく量も関係なく三分ほどで溶けきるのだが、その三分間、口腔摂取される短い時間に、大いなる全能感と幸福感、破壊衝動などを手にする。

 副作用がない、といううたい文句で一気に広まったそれは、たしかに身体的な被害は他の麻薬ほどではなかったが、それでも皆無とは言えず、また、奇跡の三分と呼ばれるその時間を一度経験するとみつきになる。

 その上、奇跡の三分間にはいわゆる火事場の馬鹿力を発揮し、放火したり物を壊したり人を殺したりと、積極的に犯罪を行ったりもする。

 所持だけでも厳罰は勿論もちろん、製造は極刑、やがては、使用も下手をすれば極刑、裁判をずのそれ、へとたどり着く。

 それは、ある使用者が乗客乗員を含め十二人が乗ったバスを全焼させたことを契機に、使用者の数が増えすぎて更生施設が間に合わないといったこととあわせて決定された。

 そうして、チヒロが小学校に上がる前に誕生したとおぼしきコナユキは、たったの十年余りで使用者ごとアサシンに狩られることとなった。


 それらは、増えすぎた人類と汚染された環境とも切り離せる問題ではなかっただろう。

 一部では、これは生態系の調整機能だと言い出す者まで現れるほどだ。

 そうして、戦争に比べればましじゃないかとうそぶく者もいる。手を出さなければいいのだから、出してしまった者が愚かなのだ、とも。


『ご通報いただいた時点で、ユキカちゃんは純正なら十グラムほどのコナユキを一気にほおばっていてですね、あと数個は手に握っていたということですよー。まだ十歳ですからねー。もしかすると、心臓に急激な負荷がかかってチヒロ君が到着する前にぽっくり、なんてことも無きにしもあらず?』


 トーコの明るく無責任な発言を聞き流しつつ、チヒロは、ポケットをさぐって棒付きの飴の包装をはがす。目的地へと向かいながら、無造作にそれをくわえた。

 その間にも、トーコは対象者がいる近辺の地理や、必要もないのにご近所ネットワークまで語ってくれる。

 その数割は当然、何も活用されることなく終わるのだが、もう慣れたものだ。


『ではでは、この世の地獄を謳歌おうかしてきてくださいー。生還したら、きっちりと報告書提出してくださいねー』


 光点に重なる位置に来たときに、トーコは締めのような言葉を口にした。だが例え戦闘中であっても、勤務時刻が終わるまでは繋がりっぱなしだ。

 それは、考えようによっては酷い監視。


「――なあトーコ、冗談抜きで、一度会わないか?」

『えーっとそれあれですよねー、死亡フラグ?』

「標的視認。捕獲に入る」

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