『それぞれがそれぞれの嘘を重ねる』
彼杵は電話が途中で切れてしまったことに不安を募らせ、神哉宅へ向かうことを提案。椿とイクミはその案を了承し、現在に至る。
「本当に大丈夫なんデショウカ。元ファミリーとしての意見としては、そう簡単に退散する人たちじゃないと思うのデスガ……」
「神哉くんを信じるしかありませんよ。私たちができることなんて他に何もないんですから」
イクミの不安げな声に、彼杵はキッパリと言い切った。
ギャングの恐ろしさを知るイクミとしては、神哉たった一人で彼らを追い払うことができるとは到底思えない。しかし彼杵の並々ならぬ自信を前に何も反論ができない。
「何でもいいが早くパソコンを触らせてくれ……。あとマジで日差しが暑い。ダブルパンチでわたしもう余裕で死ねる……」
「ツバキちゃん、あと少しの辛抱です」
「神哉さんのおウチまで、もうちょっとデスヨ!」
椿は逃げ隠れている最中にもネット依存でパソコンは手放せない、普段の自堕落な生活で体力皆無、アルビノによって日光を浴びると人以上にダメージがあるというダブルどころかトリプルパンチで彼杵とイクミを困らせた。
まだ弱冠十四歳の少女にギャングの魔の手から逃亡生活を送るなんて酷な話と言えばそうかもしれない。ただ彼杵は普通の中学二年生(不登校)ではない、犯罪を生業としている犯罪者なのだ。
犯罪者の椿に誰が手を差し伸べてくれるだろうか。否、そんな者は存在しない。
それが分かっているからこそ、椿も歩みを止めない。動かす足を止めたその時は死ぬ時だと仮定して、自分を奮い立たせる。弱音を吐きながらも、神哉の家へ足を運ぶ。
「あ、良い匂い……」
先頭を歩いていた彼杵が立ち止まり、ぽしょっと呟く。突然前の人が立ち止まったことで後方の二人は「ぐえっ」っと呻き声をあげて背中にぶつかってしまった。
椿とイクミは彼杵の背後から彼杵の見つめる視線の先を見る。高級住宅街の中でも一際目立つ大きな家が、そこには在った。
表札には『高天原』の文字。鼻腔をくすぐる“夕食の匂い”は、ここから漂っている。
途端、彼杵は駆け出す。いつものようにインターホンは押さず、玄関ドアを開けて、靴は乱暴に脱ぎ捨て、廊下を走り、リビングへ。
するとそこには。
「おー。久しぶり――」
「――神哉くんっ!」
「げふ……ッ」
ダイニングに立つ神哉に向かって
「良かった、ホントに良かったです!」
「な、何が……?」
「何がじゃないですよぉ! 私ずっと心配してたんですから! 怪我ないですよね? 元気なんですよね?」
「彼杵さん、さっきと全然言ってることが違いマス……」
「わたしたちの前じゃ毅然と振る舞っていたが、本来の彼杵はあんなもんだろう。神哉のことを信じていないわけではないだろうけど、心配しないわけがないからな」
椿はさして興味も無さそうにイクミに言うと、ひょいとL字ソファに身を投げる。素っ気無い言い方ではあるが、椿の声音は彼杵同様神哉の無事にホッと一安心しているようだ。
「うん、めちゃめちゃ元気だな。怪我もゼロだし、いたって健康だよ」
「そうですか。良かったぁ……私もう、心配で心配で、超怖かったんですよぉ……」
彼杵は神哉に抱きついたまま、神哉のエプロンに顔をすりすり擦り付けて涙を流す。ずっと堪えていたのか、一度涙を流すと堰を切ったように止め処なく溢れ出てくる。
そんな彼杵を見て、神哉は微笑を浮かべて優しげな声音で言った。
「おいおいなんでお前が泣くんだよ。めちゃめちゃ元気だって言ってるだろ?」
「うぅぅ……だっでぇ……」
「ほら、もう泣くなって」
「ひゃう……ッ!?」
突如、彼杵が驚きの声をあげた。それもそのはず、神哉の手が自分の頭に触れたのだ。
ポンポンと、涙を流す健気な少女を安心させるように優しく、神哉は彼杵の頭に手を置く。神哉がそんなことをするとは思ってもみなかった彼杵は、驚きに一瞬声を漏らして固まる。
そんな彼杵を差し置いて、神哉は続けて右に左に手を動かす――
ハッと我に返った彼杵。状況を理解し、嬉しいくすぐったさが彼杵を襲う。目を細めて、紅潮した頬を隠すことなく口を開く。
「えへっ/// ありがとうございます///」
「ん、落ち着いたみたいで良かったよ」
「まったく……わたしは一体何を見せられているんだ」
「激しく同意デス! いちゃラブオーラに苛立ちが隠せマセン!」
とは言いつつも、椿もイクミもほっこりとした顔を隠そうとはしない。二人ともいつもの光景が戻ってきたことに、なんだかんだで安心したようだ。
神哉が一体どうやってギャングを撃退したのか、問うことを忘れてしまうくらいには気が緩んでしまった。それは神哉宅が犯罪者たちにとって気を張らなくていい場であることを表していると言えるだろう。
「飯、食うだろ? 用意するから座っといて」
「はいっ!」
「カズとサヤ姉にも報告しとかないとな。もう大丈夫だぞって」
「ですね! ナルシーはともかく、サヤ姉には久々に会いたいですし!」
露骨に
ダイニングテーブルの上にはつい先ほど出来たばかりの
「神哉」
火を付けようと手を伸ばしたところで、いきなり背後から名前を呼ばれた。振り返ってみると、そこには神哉の頭四つ分ほど低いところに可愛らしい小顔が位置している椿の姿があった。
椿はやけに神妙な面持ちだ。普段よりも随分と低いトーンで放たれた声が、その表情と相まって重要な話であることを伝えている。
「ずっと言わなくてはならないと思っていたことがあってな。その、例の諫早沙耶のことなんだが……」
「あ、そうだ俺も師匠にお願いしたいことがあったんでした」
「お願い?」
椿の言葉を遮って、神哉はふと思い出したように言った。椿が
「彼杵のことについて、少し探りを入れてもらえませんか?」
「彼杵? 何だって彼杵のことなんか――」
――神哉の表情を見て、椿はゾッとした。
遠目から見れば普段と何ら変わらない、いつも通りの仏頂面ではあるだろう。
しかしながら、その瞳の奥の闇にはありとあらゆる“悪”が込められているように感じられた。
あくまで椿の主観ではあるとしても、そこに“いつもの神哉”はいない。居るのは疑心に塗れた詐欺師、在るのは信頼を知らない犯罪者、ただその一人だけだった。
CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC
ヤクザとギャングの抗争がヤクザの勝利で幕を下ろした数分後のこと。戦地である港に、二つの影があった。
一つは金髪ロングにスレンダーな身体つきの女のもの、もう一つは真っ黒なスーツに身を包んだ体格の良い男のものだ。
二人は倒れるヤクザとギャングに品定めするような視線を向けて、まるでウィンドウショッピングに来た買い物客かのように歩いていた。
「ひどい有様ね。まさしく血みどろだわ」
嫌な血の匂いに鼻腔をくすぐられ、女は顔を歪める。男の方はさして気にしている様子はなく、うつ伏せになって倒れているギャングの横に座り込んだ。
「どう? 息はある?」
「はい。ただ、いつ死んでもおかしくはない状態です」
「そう、それなら結構。全員運ぶわよ」
「全員ですか……? 死にかけが多いですが」
「いいのいいの、鍛えてる男たちは高値で売れるんだから。労働にも使えるし、筋肉好きの金持ちババアに買われて額縁にでも飾ってもらえるわよ」
女のつまらなさげな口調に、男は押し黙る。そしてそれ以上反論することはせず、倒れたヤクザを担いだ。
「すぐに
「かしこまりました」
男は女からの命令に丁寧に首を縦に振り、内ポケットからスマートフォンを取り出す。すでに登録されている連絡先の中から『雲仙』の文字を探し、電話をかける。
その間、暇になった女は改めて辺りを見渡した。そこかしこに血が飛び散り、それが潮風に乗って香りとなって流れてくる。凄惨なこの抗争跡に、一切感情が揺るがない自分に嫌気がさした。
「お互いのメンツを守るための抗争だなんて、アタシにはちっとも理解できない行為だわ。……オトコって、本当に馬鹿」
呆れたようにそう言って、女――
【Vol.1終わり、Vol.2へ続く】
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