『シマを荒らされたヤクザはブチ切れるって相場が決まってんのよ』

 幾つものコンテナが置かれ、巨大倉庫が立ち並ぶ波止場。潮風が運ぶのは、硝煙の香りと血生臭い嫌なニオイだ。

 男たちの怒号や叫び声や苦痛の声が響き、銃声に刃物と刃物がぶつかり合う音が混じり合う。

 片や欧米諸国に比べると小柄な日本人、片や横にも縦にもデカい欧米人。お互いの正義が交差し、どちらも引くに引かない戦いである。


 これは抗争だ、ギャングとヤクザの。


 戦いの火蓋が切られたのは、今から20分ほど前に遡る。クスリの密売のため密入国していたギャングが隠れていたこの港に、ヤクザたちが突然襲撃を仕掛けてきたのが発端だ。

 準備万端のヤクザたちに奇襲をかけられたギャングたちであったが、最初こそ圧されていたものの、今となっては攻守の立ち代わりが激しく、拮抗している。

 少数で密入国したギャング側にとってしてみれば圧倒的人数差で敗北が垣間見える。しかしそこは本場アメリカでの戦闘経験がものを言い、言っても平和ボケしつつある日本人のヤクザを暴力で捻じ伏せる。

 ここら一帯は彼ら、神田じんでん組の縄張りシマ。勝手に入国された上に勝手に潜まれては面目丸潰れだ。何としても負けるわけにはいかない。

 ギャングたちもギャングたちで今逃げ帰るわけにもいかない。密売という目的は達成したが、大事な戦力である殺し屋の一人が行方不明なのだ。そのファミリーを連れて帰らなくては、ボスにどんな仕打ちを受けるか分かったもんじゃない。

 その恐怖が人数差で圧倒されようとも諦めずに対抗するギャングたちの原動力になっているのだろう。

 お互いに負けるわけにはいかない戦い、どちらも引けを取らないし取れない戦い。銃弾が飛び交い、儚くも散りゆく数多の命。たかだか手に持てるサイズの鉛の玉に、この短時間のうちに多くの命が撃ち抜かれてしまった。

 しかし倒れる仲間に手を差し伸べることはできない。そこにかまうということは、自分の命を捨てることと同義だ。

 両陣営、残る構成員の数も少なくなってきた。殺し殺され殺し合いの渦中、死への恐怖はとうの昔に消え去った。あるのは男としてのプライド、ただそれのみ。

 今抗争を仕掛けた側として負けられぬ勝利への執着、遥か昔の争いで日本に勝利した側として奇襲をかけられたとは言え今度だって負けられぬ敗北への抵抗。それぞれがそれぞれの高く固いプライドをかけて、血を流す。

 銃撃戦によって双方かなり減った人数、ここまでくれば後は拳と拳のぶつかり合いだ。そこに格闘技のルールなんてものは存在しない。

 これは格闘技でもなければ喧嘩でもない、殺人なのだ。相手を殺すために拳を振るっているのだ。

 相手を殺さなくては自分が殺されるという状況下で、ご丁寧にルールやモラルを守った戦い方をしていては簡単にダウンを取られてしまうだろう。

 拳を握り締め、顔面に思い切りぶち当てれば、相手はよろけ、自分の拳も痛みを伴う。今度は逆に殴り返され、自分がよろけ、相手は拳にダメージを得る。手の痛みに耐え、相対する者の攻撃にも耐える、持久勝負に他ならない。

 カラカラに乾いた喉に唾を通すと、キリリと喉奥に痛みが走る。息切れが収まらず、鼓動がドクドクと激しく高鳴っている。

 首の太い血管は自分で理解できるほどに波打ち、口一杯に鉄分の味が広がる。肋骨は何本か犠牲になっているようだ、体力的にもダメージ的にもお互いにもう長くないことが分かる。

 気付けばもう自分と目の前の男だけがこの場で立っているではないか。自身のこの後の行動によって勝敗が左右されると考えた途端に、膝が笑い出しかけた。

 しかしそれを必死に堪え、二本の足でしかと地を掴む。火事場の馬鹿力、力を振り絞って渾身の一発を相手へ打ち込む。それは相手にしてみても一緒で、力と色々な意思を込めた握り拳を放つ。

 双方、攻撃の手応えはある。相手に入ったことを確信した。あとは、どちらが先に倒れるか――。



「――勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」



 ヤクザの男の勝利の雄叫びが、港に響き渡る。戦場で散った仲間たちの分まで、喜びの声を大にする。

 だけれども愉悦に浸っている暇はない。ここまで大規模に抗争してしまったのだ。警官、機動隊がやってくるのも時間の問題だろう。となれば、すぐさま撤収の準備を始めなくてはならない。

 その様子を遠目から眺めていた神哉は、事の顛末をしかと確認してからスマートフォンを取り出した。彼杵に電話をかけると、ワンコールもかからずに繋がった。


『もしもし神哉くん!? 今どこにいるんですか!?』

「……成功した。ギャングは追い払えたよ」

『は、はい? ギャングを、追い払った?』

「あぁ。これでもう安心――」


 ――神哉の言葉はそこで途切れた。そして突然視界が真っ暗になり、スマホが手中から消えた。

 否、背後から突然黒布を被せられ、スマホを奪われたのだ。


『ちょっと神哉くん!? もしもし!? 大丈夫です――』


 ピッと通話終了ボタンが押され、彼杵の言葉も途中で途切れる。そして黒布を被せられ、手足を縛られた神哉は、抱きかかえられて黒塗りの高級車の中に押し込まれた。

 やっぱり感付かれたかぁ――神哉はそんな風に呑気なことを考えながら、車に揺られるのであった。

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