『目には目を、ギャングには◯◯◯を』

「じゃあアイツらはイクミちゃんの所属してたギャングのメンバーってことで間違いないんですね?」

「ハイ。本当に申し訳ないデス、ワタシのせいでこんなことになってしまって……」


 銃弾によって所々風穴の空いた家具や壁。荒れに荒らされた神哉宅リビングで、彼杵の問いかけにイクミは心底申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 先ほど襲ってきた外国人の男たちは、イクミが所属していたギャングのメンバー。イクミ曰く、ボスの命令で自分を神哉たちから取り返しにきたと思われる。


「そもそもイクミちゃんたちは何の目的で日本に不法入国したわけ? 密売?」

「そうデス。おクスリの」

「それならすることしてさっさと帰ればいいものを……。サヤ姉の店に行ったバカの行いの結果が巡り巡って私たちに降りかかってきてます、理不尽極まりないです!」


 むすっとした表情で自分の置かれている状況に不満を漏らす彼杵。

 確かに元を辿れば彼杵の言う通り、密売にプラスして沙耶の店に行ったギャングのメンバーが悪いだろう。その男が沙耶の店に行かなければぼったくられてもいなかったし、イクミが沙耶を殺しにやって来ることもなかった。さすらばイクミが凶壱と邂逅することもなく、心変わりしてギャングのメンバーを勝手に辞めることもなかったのだ。

 元はと言えば、一人の馬鹿の行い一つでこうなってしまっている。彼杵が怒るのも仕方ない、自分にこの厄介な現状を作った要因は何一つないのだから。


「彼杵さん、本当にごめんナサイ。やっぱり、ワタシがここにいるのがダメだったんデスヨネ……」

「その通りだとは思いますけど、もうイクミちゃんのことは責められません」

「え、えと……それはどういうことデスカ?」

「私はもうイクミちゃんと知り合ってます。イクミちゃんと話をして、イクミちゃんと笑い合いました。……に、怒りはぶつけられません」

「彼杵さん……っ!」


 彼杵のぶっきらぼうな言葉に、イクミは嬉しそうに表情を綻ばせる。

 たかだか出会った数日とは言えど、彼杵はイクミを責める気にはならなかった。期間なんてものは関係ないのだ、友情も恋慕も時間ではなく密度が重要なのである。

 がしかし、そんな彼杵とイクミの様子を見て、痺れを切らした和人が手を叩く。


「はいはーい、やっすいハートフルはそこまで。今はこれからどうするかを考える方が先だろ?」

「は? 何言ってるんですか私の演じるハートフル作品ですよ? 超絶高いに決まってるじゃないですか。猛虎が烈火の如く怒ると書いて、猛烈に怒り狂いますよ?」

「分かった分かった、俺が悪うござんした。だけど、俺の言い分も間違っちゃいないと思うけど?」


 和人の目配せに、イクミはコクリと頷く。


「そうデスネ、一先ずこの家からは離れた方がいいと思いマス。顔バレしてマスし、家バレもしてマスから。次また襲ってくるか分かりマセン」

「大賛成だ。オレは彼女の家に逃げ隠れる、探さないでくれよ」

「探しませんよ、一生ナルシーに用無いですし」


 彼杵の冷たい言葉に和人はニンマリと愉快げだ。入れてほしいツッコミがきたことによる喜びからだろう。


「神哉くんはどうしますか?」

「……目には目を、歯には歯を……」

「おい神哉、何ブツブツ言ってんだよ」

「……ちょっと、やることができた」


 そう呟いて、おもむろに立ち上がる神哉。そのままスタスタとリビングを後にしようとする。

 そんな謎の行動をとる神哉に対して、和人は動揺しつつ呼び止めるため叫んだ。


「お、おい。どこ行くんだよ!」

「お前らはどこに逃げてもいいよ。彼杵、師匠と一緒に逃げてくれ」

「え、神哉くんは何処いずこへ……?」

「まあ、色々と事が済んだら教えるから。今は何も聞かず逃げてくれ」


 ジッと彼杵の目を見つめ、神哉は口を噤む。彼杵は何も言えず、ただただ神哉に不安げな表情を見せる。


「じゃあ、鍵はポストの中に入れといて」


 神哉はそう言い残して、自宅から出ていった。どこへ行くのかも、何をしに行くのかも言わないまま、神哉は皆の前から姿を消した。

 神哉のことだ、きっと何か解決策が思い浮かんだんだろうな――和人は神哉の言動を分析し、そう判断を下す。伊達にこの中で一番神哉と長く付き合っていない。


「そいじゃ、オレはさっきも言ったように彼女の家に逃げ込むんで」


 神哉が去ったのち、和人も間髪入れずに立ち上がり、神哉家を後に。神哉が何をするつもりなのかは知らないが、神哉のことを信じて自分は籠城することを決めた。

 残された彼杵とイクミ、そして二階の椿。何かを考えている猶予はないだろう。イクミは彼杵に声をかける。


「彼杵さん、ワタシたちも逃げマショウ! 安心してくだサイ、彼杵さんとツバキさんはワタシがお守りシマス!」

「え、あー、はい。そうですね、逃げないとですよね……」

「……どうかされマシタか? 彼杵さん」

「あ、いえ別に。イクミちゃん、二階のツバキちゃんを呼んできてください」

「承知シマシタ!」


 ピシッと敬礼して、二階に駆け上がっていくイクミ。その背中が見えなくなってから、彼杵は舌を打った。


「……チッ。居候引きこもり従者メイドが邪魔だ」


 ボソッと冷たい声で呟かれたその言葉は、誰かの鼓膜を震わせることなく消えていった。




 CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC




 高級住宅街の一角、一際目立つ大きな家の表札には高天原たかまがはらの文字。

 中は人気ひとけが無く、住人はいないようだ。割れた窓ガラスの上を靴で歩くたびに、静かな室内にパキパキという耳障りな音が響き渡る。


「あ、もしもし。私です」


 照明も点けず、暗い部屋の中で通話が始まった。


「えぇ、死体は転がっていません。どうやら逃げられたようです」


 床にはガラス辺が散らばっているだけで、もちろん死体などない。血の一滴たりとも見当たらない。

 これほどにまで荒れた場において、血痕が一切無いというのもなかなか違和感の拭えない光景ではある。


「はい、そうですね。密売にやってきたギャングをぼったくり店に行かせ、殺し屋を向かわせるところまでは上手くいっていました」


 大きなL字型のソファに背中を預け、部屋を見渡す。残念ながら、彼らがどこに行ったのかを突き止める痕跡はないようだ。

 意図的に綺麗に乱雑にされていると言ってもいい。おそらく後を尾けられないようにするためだろう。


「想定外だったのは殺し屋が油断しまくりの隙だらけだったこと、そして高天原が下手をすれば殺し屋を逆に殺せてしまえたかもしれないほどには強かったことです」


 その声音から、自分の推測が大きく外れて悔しくもあり、それでいて厄介なことになったと面倒くさがっていることが理解できる。


「はい、はい……。分かりました、一先ず奴らの居場所を突き止めます」


 その言葉をもって、通話は終了。またパリパリとガラスを踏みつけて、高天原宅を出る。

 一度振り返って、いずれやってくるであろうたまり場の崩壊を想像しながら、その者は閑静な住宅街に靴音を響かせるのだった。

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