『下着泥棒の正体がコチラ』

「はぁ〜……。ヤバいです、怪盗Hロスがハンパないですぅ……」

「彼杵ちゃん、それもう聞き飽きたよー。別の話題ないわけ?」


 怪盗Hに会いにいくという無謀かつ阿呆な誕生日プレゼントを彼杵そのぎに贈った夜から、早や三日。神哉しんや宅にはいつものように彼杵と和人かずひとの姿があった。

 神哉はダイニングテーブルの上でノートパソコンと睨めっこ、和人と彼杵は二人で晩酌中だ。


「せーっかく彼杵ちゃん二十歳はたちおめでとう記念にその辺のコンビニじゃ買えないようなお酒買ってきたのに。肴がずっと同じ話じゃなぁ」

「うーるさいですねぇナルシーは。買うためのそのお金は女の子から騙しとったお金でしょう? ほんならグチグチ文句言わんと黙って御相伴にあずからんかい!」

「最悪だ、彼杵ちゃん最悪の酔い方してるよ……」


 普段ならば酒に弱い和人の方がすぐさまへべれけとなって彼杵にダル絡みするのだが、今はその真逆の状態にある。

 和人が今日持ってきたのは外国産のビール。コロナとネグラモデロと呼ばれる、どちらもメキシコ産のビールだ。

 コロナビールはメキシコ国内での消費量が最も多く、あっさり軽い飲み口が特徴的。ネグラモデロは濃茶色ながらも飲んでみると意外にスッキリ、しかししっかり残るコク。双方苦味が少なく、ビールが苦手という人にもオススメできる。

 そも、メキシコ産のビールは味が濃く辛みのあるメキシコ料理にも合うようにと、あっさり目に作られている。なのでビールの苦味がダメという人には是非とも飲んでいただきたい。


「あー、なんかゴクゴクいっちゃいますねー、このビールメイビー危険です」

「今気付いても遅いんだよなぁ。すでに出来上がってる状態だし」

「ウマウマッ! 神哉くんの料理うっま!」

「彼杵ちゃーん、オレの話聞いてるー?」


 無論、彼杵の耳に和人の声など届いているはずもなく。彼杵は神哉の作った――と言っても和人が買ってきたチョリソーにメキシカンな味付け(チリペッパー)を施し、オーブンで温めただけ――おつまみに舌鼓を打つ。

 はぁとため息を一つ吐き、彼杵との対話を断念した様子の和人。ダイニングテーブルの上で黙々とキーボードを叩く神哉に会話の標的をチェンジした。


「それよりもさー、そのツバキちゃんとやら? オレも会いてーんだけど」

「無理だよ。ほぼ飯ん時ぐらいしか降りてこないから」


 2階の方に目線を向けながら、辟易したように言う神哉。

 神哉宅2階空き部屋には、今現在椿が居候として住まっている。神哉の言うように椿は食事の際にしか下の階には降りてこないし、そもそも部屋から出てこない。現役女子中学生とはあるまじくことに、風呂すら二日に一遍しか入らないという徹底的な引きこもりっぷり。

 そのことで神哉にお小言をもらうと、椿は頬を膨らませて唇を尖らせる。つまりめちゃくちゃむすくれるのだ。


「難しいなぁ、反抗期の女の子の扱いは……」


 神哉がげんなりした声音を出すと、2階の方からドンドンと荒々しい足音が響いてきた。椿様お怒りのご様子である。


「あはははは、どこぞのエロマンガ先生みたいですねぇ」

「え、あー……そうかな?」


 えっちなイラストレーター系妹萌えお仕事ラブコメライトノベルの存在を知らない神哉は、彼杵の揶揄に生返事を返すしかない。


「あ、そだっ、今日の金曜ロードショー録ってますかっ!? ジブリですよ駿祭りなんですよ!」

「年に何回やってんだよって思うけど、実際のところそんなに回数やってないんだよなー」

「おうちで、みよう……的な感じですね!」

「それ何年前の話……?」


 彼杵が田中真弓風の声で抑揚たっぷりに放ったセリフに眉をひそめる和人。ちなみにおそらく2011年の話だ。そしてもうひとつちなんでおくとするならば、金曜ロードショーに定期的にジブリ作品が放映されるのは、日本テレビがスタジオジブリ作品の独占放映権を持っているかららしい。

 彼杵は鼻歌交じりにテレビのリモコンを操作して、番組表から今日の金曜ロードショーを録画設定する。もはや神哉の許可など取らない。酔っているからではなく、普段からこんな感じ。録画リストを見てみれば、そのほとんどが彼杵の録画したものなのである。


「え、録画したのにリアタイすんの?」

「当たり前じゃないですか。リアタイで見て、その次の日に録画で見るのが定石です」

「知らねーその定石。Mステ見ようぜ」

「大丈夫です、Mステも録ってるんで」

「あ、そう……」


 静かに彼杵の手からリモコンを奪おうとした和人だったが、頑として金ローリアタイ視聴の意思が揺るごうとしない彼杵に為す術もなく散った。酔っ払っているとは言えど、金曜ロードショーへの熱意は変わらぬようだ。

 時刻は8時54分。金曜ロードショー放送前の短いニュースが始まった。


『先日の怪盗Hの犯行に何者かが関与している可能性が浮上してきました。警察の調べによりますと、その晩、美術館内には警備員の男性と怪盗H以外にもう二人何者かがその場にいた事が判明し、怪盗Hの共犯者の可能性も視野に入れて捜査を進めています』

「おっ、コレお前らのことじゃねーの!? 思っきしバレてんじゃん!」

「最近の警察は有能ですね。ナメてるつもりはなかったですけど、正直ビビりました。いやそんなことよりも見てください怪盗Hですよっ! マジヤバいナニコレカッコいいこのニュース録画しとけば良かった!」

「彼杵ちゃん、ぞっこんなんだなー。神哉の追っかけはもうやめたんだ?」

「は? 何言ってるんですか馬鹿なんですか死ねば? 神哉くんと怪盗Hは別ですから、女の敵はしゃしゃんじゃねぇよ」

「口が悪りぃ……」


 和人は冷たいあしらいを受けて苦い顔をする。当の彼杵は画面に映った怪盗Hの映像にうっとりした表情だったが、次のニュースが読まれた瞬間、急激な温度変化が起こった。


『未だに女性たちの不安は拭えそうにありません。半年以上に渡って女性下着を盗んでいく下着泥棒事件、ついに被害件数が400件にまで及んだとのことです。警察は迅速な犯人確保を目指しているとコメントしていますが、街の女性たちの不安は募るばかりです』

「この下着泥棒、さっさと捕まらないですかねぇ。同じ泥棒として恥ずかしい事この上ありません」

「んでも盗みのテクニックだったらコイツだってスゴいんじゃないの? もうこの下着泥棒のニュースかれこれ半年近く聞いてる気がするし、相当やり手の泥棒みたいだけど」


 和人がチョリソーを刺したフォーク片手にそう言うと。


「は? ちょ、マジで一緒にしないでもらえます? 怪盗と泥棒は全くの別物ですっ! しかも盗むものの品位が違うじゃないですか!」

「じゃないですかって言われてもさっぱり分からんけど」

「神哉くぅーん! ナルシーが怪盗Hと下着泥棒一緒だって言うんですけどぉ! 何とか言ってくださいぃ!」


 這い蹲うようにして神哉の足下にやってくる彼杵の目は焦点が合っていない。事実、神哉の顔のやや斜め上を見て喋っている。

 これ以上飲ませるのは危険だと感じた神哉は席から立ち上がり、肩を支えるようにして彼杵の身体を抱き起こす。その時、服の隙間からチラリと彼杵のふくよかな胸の谷間と黒いブラが視界に入ったが、神哉は性的な感情を抱くよりも先に別のことをハッと思い返した。


「あ、やべ……! 洗濯物干しっぱだ」

「あー、そういやオレが来た時も物干し竿にぶら下がってるままだったなぁ」

「にゃんですとっ!? それは一大事です、わらしが取り込むのです!」

「お、おい彼杵!」


 ビシッと敬礼して、神哉の呼び止めも聞かずにトタタタタッと階段を駆け上がっていく彼杵。呂律が回らないほど酔っ払っている人間を2階のベランダに出していいものか、要するに神哉はそのまま下に落っこちたりしないか心配していたのだが。


「彼杵ちゃんなら大丈夫だろ。むしろ夜風に当たって我に返ってもらいたいね」

「まあ、それもそうか」


 和人に言いくるめられ、神哉はまた椅子に座り直した。

 呑気な二人が彼杵の悲鳴を耳にするまで、そう時間はかからない。




 CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC




 神哉宅は、どこかの部屋を経由してベランダに出るといった構造にはなっていない。と言うよりもベランダと総称するのがまず間違いであり、本来はインナーバルコニーと呼ぶに値する場所なのだ。

 インナーバルコニーは通常屋根のないバルコニーに屋根がついたもの。半屋外空間で日差しを取り込むことができ、洗濯物は天候に左右されずいつでも干すことができる。家を購入、建てる予定の人は是非ともご考慮どうぞ。

 彼杵は階段を駆け上がったのち、廊下の奥にあるインナーバルコニーへと出るための扉を開ける。すると神哉の言っていた通り、洗濯物が干しっぱなしになっていた。

 そこには男物の下着や洋服、そして複数枚の女性物下着がある。神哉がどうして彼杵の胸の谷間とブラをチラ見して干しっぱの洗濯物の存在を思い出したかと言うと、まさにその女性モノ下着(彼杵が泊まった際に風呂に入って洗濯カゴに入れていたもの)の存在があったからだ。


「おっせんたく〜、おっせんたく〜♪」


 激酔いしている彼杵は、歌いながら楽しげに洗濯物を取り込んでいく。その様子はさながら新妻のごとく立ち居振る舞い、完璧に日没しきっていなければ。

 神哉の洗濯物を全て洗濯カゴに入れ終わり、次に自分の女性物下着へと手を伸ばしたその瞬間――。


「え?」

「あ」


 ――と目が合った。

 数秒間、束の間の沈黙。

 月明かりに照らされる、彼杵ともう一人の目出し帽を被った誰か。

 そんな二人が伸ばす手の先には、彼杵のピンクのブラジャーが……。


「ギャァァァァァァァァァア!!!」

「ぐぶほぉッ!?」


 大発狂の彼杵が繰り出した強烈なキックが謎の誰か、声からして男性の腹部にクリーンヒット。その男は苦痛に腹を抑えてバルコニーの床の上でもがき転がりまくる。

 しかしながら、その手にはしっかりピンクのブラジャーが握られている。どうやら蹴り飛ばされた瞬間にちゃっかしブラジャーをゲットしていたようだ。

 彼杵は一先ず後退りしつつ男から距離を取る。すぐに下の階からドタドタ駆け上がってくる二つの足音が聞こえてきた。


「ど、どうした彼杵!? 大丈夫か!?」

「見事な悲鳴だったなぁ……って、何ソイツ!?」

「ナルシーコイツ捕まえといてください! 神哉くんなんかヒモ持ってきて! ロープとか!」

「ろ、ロープ?」

「コイツ下着泥棒です! さっきニュースでやってた!」

「はぁ!? ちょ、それマジ!? だとしたらオレ世の女性を救ったことになるよね!? ついに女の味方昇格じゃね!?」

「いいから早く上に乗っかるでも何でもして引っ捕らえとけって! 縛るものないか探してくるから!」

「仕方ありませんね、もう一発喰らわしときましょう。喰らえ金的っ!」

「っおっふぅん……♡」

「や、やべぇ彼杵ちゃん逆効果だ! コイツやっぱり変態だよ感じてやがる!」

「キッモォッ!! ナルシー絶対ソイツそこから動かさないでくださよ!」


 バルコニーで喚き散らかす大の大人たちに、現役女子中学生の引きこもりは自分の部屋を防音設備工事することに決めた。




 CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC




「ふぅ……やりましたね……。下着泥棒を引っ捕らえました!」

「あぁ。オレたち世の女性に感謝されてもされきれないぜ」

「これを機に結婚詐欺から足洗うか?」

「それはない」


 彼杵と下着泥棒が鉢合わせて一悶着あってから、10分後。和人と彼杵はすっかり酔いが覚めてしまった

 下着泥棒はバルコニーに設置してあった木製のテーブルの脚に縛り付け、さらにはガムテープを口元に貼り付け、完璧な工作を施してある。その徹底っぷりに下着泥棒は手も足も出ず、もう一切の抵抗も示さない。

 と言うよりも、捕らえられてしまったことに絶望し、自分の今後を考えてやっぱり絶望している様子だ。


「んで、コイツどうすんの?」

「どうって、そりゃもちろんポリスメンに突き出しますよ! 私の下着盗もうとしたんですから!」

「オレは下手にお巡りさんには関わりたくねぇなー」

「じゃあどうするんですか! このままここに縛り付けて餓死するの待つんですか!? それとも凍死を待つとでも!?」

「いや、オレそこまではマジで全然言ってないんだけどね……」


 恐ろしいことを口にする彼杵にドン引きのほろ酔い和人。この二人に判断を任せるのは良くない、唯一の素面である神哉が話をするべきだろう。


「とりあえず、目出し帽取るか」


 未だにあれこれ下着泥棒の処遇について揉めている二人のことは置いといて、神哉は縛られたままぼーっとしている男の目出し帽を取る。

 歳は30代前半くらいだろう、整えられた顎髭が特徴的な男性。露わになったその顔は、予想通り絶望に打ち拉がれたそれだった。素顔を見られてしまったというのに、男は一切ピクリとも動かない。

 次いで神哉は口に貼り付けていたガムテープをベリっと勢いよく剥がした。するとその痛みからなのか下着泥棒はようやくハッと我に返り、慌てて口を開く。


「お、おお願いしますぅ! どうかっ、どうか見逃してください!」

「いきなり命乞いかよ。そんなら最初ハナから盗みなんてするなっての」

「反省はしてますっ! だから、お願いですから解放してください〜!」

「反省だぁ? 正直に言ってみろ、盗んだ下着何に使ってたんだよー」

「そ、それは……まあその、色々と……。と、とにかく本当に反省しております、許してくださいぃ!」


 情けないことに、男は涙声になりながら三人に向かって頭を下げる。縛られているので深くはないが、この状態で最大限の下げ方をしようという誠意は伝わってくる。

 反省できる頭があるなら最初からするなよ……――神哉は内心そうツッコミを入れたのだが、ふと隣を一瞥すると、何やら彼杵が驚愕の表情を浮かべていた。


「ちょ、ちょっと待ってください……」


 驚きに目を丸くさせ、ゆっくり、ゆっくりと下着泥棒に近付き、そして言葉を震わせながら問う。


「な、なんであなたから怪盗Hさんの声がするんですか……?」

「へっ!?」


 問うている側も問われる側も驚いてしまい、沈黙の空間が完成。彼杵と下着泥棒は目をジッと合わせたまま、固まった。

 しかし、程なくして下着泥棒の方が何かに気付いたように声のボリュームを大にした。


「あーー! こないだの美術館で会ったお嬢ちゃん!?」

「や、やっぱり怪盗H!? 神哉くんどうしよう! コイツ怪盗Hですよぉ!」

「……確かに、見た目とかそれっぽいな」

「いやいや見た目以前に声が完璧に一緒じゃないですか!」


 と言われても怪盗Hに全く興味がない神哉は、この間の怪盗Hの声などこれっぽっちも覚えていないわけで。当然のことように言われても何とも言えない。


「嘘だ……嘘だと言ってください! 私の憧れの怪盗Hが下着泥棒だったなんて!!」

「……あんた、本当に怪盗Hなのか?」

「は、はて? 何のことやら……?」

「いやー、もう今更とぼけても無駄じゃねぇ?」


 神哉の質問に対してワザとらしく首を傾げる下着泥棒改め怪盗H。

 実際怪盗Hが下着泥棒なのであれば、ここ半年近く捕まらなかった辻褄も合う。警察の完全包囲でさえもすり抜けてしまう怪盗Hが、その辺に干されている下着を盗んで捕まるわけがない。


「あぁ、幻滅です……。幻想が滅されると書いて幻滅です……」

「なんだって下着泥棒なんてやってるんだ」

「…………」


 神哉の問いかけに、怪盗Hはだんまりを決め込む。

 どうしたものかと顔を見合わせる三人。長い膠着状態になるかと思われたその時、ポロンと神哉のスマホがメッセージの受信音を発した。

 神哉はスマホを確認、“五島椿”から『タダでくれてやるから静かにしろ』という文章と共に何かのファイルが添付されている。

 そのファイルを開いてみると、そこには怪盗Hの顔写真が貼られた名刺らしきものや住民票、小中高の卒業アルバム、子供の頃と思しき写真の数々が入っていた。


大村おおむら春昌はるまさ、DNN.com営業部……会社員なのか」

「んなっ!? 何故それをっ!?」

「もうネタは上がってます! 大人しく白状しやがれです!」

「DNNって超大手だよな? 盗みなんてしなくても良い給料で美味い飯食えんじゃねーの?」

「……いや、私かなりの借金があるので」

「借金?」

「はい、風俗とギャンブルの」


 怪盗H改め、大村春昌は至極真面目な顔でサラッと言う。あまりにも当然みたいな言い方をするものだから、三人とも春昌の言葉を理解するまでに少々時間がかかってしまった。


「サイッテー……」

「なーるほどなー。借金返済のために盗みやってるわけだ」

「盗んだ美術品はヤクザやらマフィアやら裏バイヤーに売り飛ばしてるんじゃないのか? コレクターには高値で売れるって聞いたこともあるけど」

「えぇ、超高値で売れますよ。むしろ、そういうコレクターとかマニアに依頼されて盗むことが大抵です。成功報酬と美術品の売却も合わせてガッポガポです」

「だったら、幾らあるのか知らないけど結構返済できてるんじゃ……」

「いやいや、返してもすぐ使っちゃいますから!」

「あ、そう……」


 どうやら彼、春昌は本物のクズと見た。風俗通いにギャンブル三昧で借金を作っては盗みを働いて返済し、また借金しては盗んで返済を繰り返しているらしい。

 何より「返してもすぐ使っちゃいますから」というセリフをここまで満面の笑みで言える人が何処にいようか。


「下着泥棒だってほんの気晴らしです! 仕事で風俗にもギャンブルにも行けなかった時のストレス発散の一つでしかありません!」

「ぐわっ!? なんだこれ!?」

「ゲホッゲホッ! か、怪盗Hお得意の煙幕です!」


 一体どんな手を使ったのやら、怪盗Hは縄を解いて勢いよく立ち上がり、先日の美術館で何度も使っていた例の煙幕弾をバルコニーの床に叩き付ける。それによりインナーバルコニー内に白い煙が充満、初見の和人は驚きの声を上げる。


「はっはっはっ! 警察でも捕まえられないこの私を捕らえておけるとでも思ったのかね!? 残念だが、怪盗Hはそう簡単には捕まらないっ!」


 その高らかで得意げな声が響き渡ったかと思うと、いつの間にやら先ほどまでその場にいたはずの怪盗Hは影も形もなくなっていた。

 インナーバルコニーから高級住宅街を見渡してみるも、怪盗Hの姿はもうどこにもない。もちろん空にもダミーのハンググライダーは飛んでいない。


「……アイツ、普通に逃げてったけど、自分の素性全部バレてんの忘れてんのかね?」

「どうでもいいですよ。さっさと全部ネットに拡散しましょう」

「見出しはどうする? 『怪盗H、まさかの性犯罪者と同一犯!?』とか?」

「神哉くんそれ採用です! 今すぐそのネット記事作ってください!」

「彼杵ちゃん、すっかり怪盗Hへの想いは消え去ったみたいだなー」


 リビングに戻り、彼杵と和人は晩酌を再開。神哉は途中だった仕事を切り上げて、怪盗Hの暴露記事制作を始めた。

 その後、怪盗Hが神哉宅に舞い戻り、インターホンを連打しまくるまで1分とかからない。

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