『高天原家に新規入居者』

「んぉお美味い!! 神哉しんや、やっぱり料理上手だなぁ!」

「そりゃどうも。って言っても、これ具材入れてホイルで包んでオーブン入れただけなんだけど」


 神哉宅のダイニングテーブル。そこに座って鮭のホイル焼きに舌鼓を打つ椿つばきは弟子である神哉の背中をバシバシ叩く。

 ホクホクで箸を入れた瞬間スッと崩れてくれる鮭、そしてそれを彩るニンジンやえのきといった野菜たち。ホイルに包んでオーブンに入れて放っておくだけで出来上がる超お手軽レシピでありながらも、椿は神哉を大絶賛だ。


『昨日午後三時ごろ、〇〇市◇◇町で大きな爆発事件が発生しました。爆発による火災はそれから五時間後に消し止められ、二名の警察官が重症を負いましたが、命に別状はないとのことです。警察はこの爆発を、人の手によるものとして捜査を進めています』

「神哉くん、コレどうやったんですか?」

「ん、コレって?」

「この爆発ですよ! まさか、時限爆弾持ってたわけじゃないですよね?」


 神哉は彼杵そのぎからの訝しげな目を受けて、首を横に振る。

 当然ながら神哉は爆弾魔でもなければMr.5でもない。彼杵はそれが分かっているからこそ疑問に思っているのだ、どうやってあの少しの時間でここまでの大爆発を起こすことができたのかと。


「キッチンのプロパンガスを部屋に充満させといたんだ。んで、あとはドア開けたら電気火花が散るようにパソコンのコードを細工しとけばいい。警察がドア開けた瞬間、勝手に大爆発してくれる」

「神哉くん、ガチの犯罪者じゃないですか……! 今更だけど!」

「うん、超今更だな」

「そんなどうでもいいこと考えるな! 彼杵も早く食べないと冷たくなるぞ!」

「そ、そうですね。ご飯は熱いうちが美味しいですから!」


 彼杵は椿に手招きされ、その隣に腰かけた。箸を手に持ち、自分のホイル焼きを口の中に放り入れると、いつものように「美味っ!」と声を漏らす。

 神哉もそれを見て、ついつい顔を綻ばせてしまう。もはやその表情は反抗期の息子が不貞腐れながらもガツガツ自分の作った晩ご飯を食べてくれていることに喜びを隠せない母の顔だ。


「いやー、このメシが毎日食べられると思うと、今から腹が減ってくるな!」

「今食べてるのに?」

「え、ツバキちゃんここに住むんですか!?」


 さらっと出てきた衝撃発言に、彼杵は目を点にして二人に問う。すると神哉と椿は一度顔を見合わせてから、彼杵に向かって告げる。


「まあ、とりあえずの話だけどな。師匠の部屋爆発させた責任も取らないと。使ってない部屋あったからむしろちょうどいい」

「安心せい彼杵! わたしと神哉はあくまで師弟関係、男女の関係になることは断じてない!」

「な、なるほど。そうですよね! あー、私無駄な心配しちゃいました!」

「いや、と言うか流石の俺も未成年に手を出すほど馬鹿じゃないし、守備範囲ズレまくってるからね」


 彼杵のホッとした顔で、まだ自分にロリコン疑惑がかけられていたことを悟る。神哉はどちらかと言うと年上派なのだ、椿など真逆も真逆、眼中にない。

 かと言って年上なら誰でもいいというわけでもない。沙耶が好みのタイプなのかと問われれば神哉は引き千切れんばかりに首を横に振るだろう。

 それからしばらくの間は椿と彼杵は食事、神哉はノートパソコンで仕事に励んでいた。ちなみに行儀は悪いが、ネット依存症の椿は神哉の予備パソコンを貰ってネットサーフィンしながら口をもぐもぐさせていた。


「ところで神哉」

「ん? なに?」


 ふと思い出したような、椿が唐突に神哉を呼ぶ。

 目線だけパソコンの画面から椿に向けると、その表情はやけに真剣で神妙だった。何を言われるのかと神哉も居住まいを正す。


「……諫早いさはや沙耶さやは、頻繁にここに来るのか?」

「サヤ姉? 頻繁って言うほどでもないけど、来るとしても週三くらいじゃないかな」

「週三って結構来てる方じゃないですか? ホントこの家たまり場にされてますよね」

「いない時の方が珍しいお前が言うか……。あと飲み込んでから喋れ」


 年頃の女の子なのに、えらく行儀が悪い彼杵に軽くチョップを喰らわせる神哉。彼杵は「痛ぁ……」と頭を抑えるが、当然本当に痛いわけではない。


「ふーん、そうか。週三なぁ……」

「なんで? なんかサヤ姉に用ですか?」

「ん、あー、いや。別にそういうわけじゃない。ただ少し気になっただけだ!」


 そう取り繕って、椿は神哉と彼杵から何かを隠す。二人はそれに気付いていたものの、特に追求するようなことはしなかった。

 それがたかだか14歳の半端な年頃の女の子の隠し事だと甘く見ているからなのか、はたまた追求するほど興味がないからなのか。


「それじゃあ、ご飯も食べ終わったことだし、作戦会議しますか」

「はーい!」


 何はともあれ、今は怪盗Hに会わせてあげるという彼杵へのプレゼントを実行に移さねばならない。神哉たちはこの日、夜通しで近々迫る怪盗Hの予告の日に備えて話し合いを重ねたのだった。

 ちなみに14歳の育ち盛りな若き犯罪者は、神哉と彼杵の二人よりもお早い就寝となった。




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 市内のとある美術館。ここでは現在、『フランスの名画展』と題して期間限定で多くの絵画が展示されている。

 その全てが海外から取り寄せたであり、ネット上では怪盗Hの狙いはここなんじゃないのかと密かに噂されるほど。

 要するに、ここに展示されている絵画の全てが非常に高額なものだというわけだ。


「これ、実は億近くするらしいよ」

「えぇっ、コレが!?」


 壁にかけられ、展示ケースで囲まれた一枚の絵を指差す高身長のイケメン――佐世保させぼ和人かずひと。それを聞いた隣に立つ和人の現彼女ターゲット大瀬戸おおせと菜奈実ななみは目を見開いて驚く。

 それもそのはずその絵のサイズは人の顔程度しかなく、しかも正直何を書いたのか分からないレベルにぐちゃぐちゃな絵なのだ。素人目にはこれのどこに億越えする要素があるのかさっぱり分からない。


「すごいよね。俺もぶっちゃけ何がいいのか分かんない」

「だよね。下手したらイタズラ描きって言われちゃうくらいじゃない?」

「おぉ言うねー。まあ詳しいことは分かんないけど、描いた人のブランドとかあるのかも」


 和人は、その絵画の説明文に書かれてある画家の名前を指差して言う。


「あ、ホントだ。確かにこの名前聞いたことある」

「可哀想だよねー、生前じゃなくて死後に自分の作品が売れるなんて。この絵の価値が分かる人が当時いれば、生きてるうちに何億って稼げたのかもしれないのに」

「画家として、売れることも目標ではあったかもしれないけど、やっぱり描くことが楽しいからこうして描いてたんじゃないかな。お金にならないことを好きじゃないのに続けられるとは思えないもん」

「それもそっかー」


 菜奈実の考えにそれっぽく頷いておく和人。彼にとってこのデートはターゲットの女性と距離を縮めるための手段の一つでしかない。仕事の範囲、作業の内なのだ。


「怪盗Hも、案外こういう小さい町の美術館に狙い定めてたりしてね」

「あはは。まさか〜」


 和人の冗談に菜奈実は手を口元に持ってきてクスクス笑う。和人はそれを見て、したり顔を隠すつもりで口の端を歪める。

 とその時、ふと菜奈実の奥に見知った顔が見えた気がした。


「神哉と、彼杵ちゃん……?」

「え? 誰? 知り合い?」

「あぁ、いやうん。そう見えたんだけど、多分気のせいだわ」


 おうち大好きな引きこもりの神哉がわざわざこんなところまで出向くとは思えない。他人の空似だと自分に言い聞かせて、和人は菜奈実のエスコートを続けるのだった。

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