『プロパンガス充満中』
「んぁぁぁぁあッ♡! んぎもぢぃぃぃぃ!」
警察の極秘情報を盗み見る、というそれなりに大きい仕事を引き受けた
「あ、ツバキちゃん、ツバキちゃん! 好きなものとか欲しいものはありませんか? お姉さんが買ってあげますよ!」
「おい彼杵。師匠をモノでつるな」
げへへと何故か下心丸出しな彼杵の表情を見て、神哉がビシッと忠告。すると彼杵はぶぅっと唇を尖らせる。
「えぇ〜、いいじゃないですかぁ! よく見なくても超がつく美少女ちゃんですし、このクセも見方によってはご馳走様ですって感じですし」
「ご、ご馳走様です……?」
彼杵の変態っぷりに、神哉は理解が追いつかない。追いつく必要も皆無だとは思うが。
「彼杵、それよりもサヤ
沙耶は椿に個人情報を大暴露されて傷心中。つい先程まで泣いてたが、今は泣き止み床のタコ足配線をうじうじイジっている。
時折り『なんでいつもあたしだけひどい目に遭わされるのぉ……』と悲壮な声が聞こえてくるが、神哉も彼杵も知らんぷり。同情したら負け、一度でも情けで話を聞いてあげればヤケ酒に付き合わされること間違いなしだ。
「師匠どうですか? 怪盗Hが予告を出した美術館、分かりました?」
あれやこれやあって忘れがちかもしれない。現在神哉たちは彼杵の誕生日プレゼントとして彼杵が尊敬する怪盗Hとやらに会いに行こうということになっている。
しかしながら警察が見物人による混雑を避けるため、どこに予告状を出したか極秘にしており、そこで天才ロリクラッカー椿に調べてもらうことにしたのだ。
神哉の問いかけに、椿はビクビクと小さく痙攣しながら答える。
「どこの美術館かなんてぇ……最初の一分くらいで分かったよぉぉ」
「あ、そうなんだ。流石です師匠」
「始めて一分で警察から情報を盗んだって、何気にそうとうすごいことですよね」
「ま、まぁにゃぁ〜♡ あひッ!」
そう言いつつも、椿のキーボードを叩く指は止まらない。それを見て、首を傾げる彼杵。
「じゃあ、さっきからツバキちゃんは何をしてるんですか? もうお仕事完了したんじゃないんですか?」
「師匠の腕なら盗み見るくらいは簡単にできる。ただ今回のハッキング先は警察だ。多分サイバー犯罪対策課が逆探知してるんじゃないのかな」
「えぇ!? それヤバいんじゃないんですか? バレたら一巻の終りじゃないですか!!」
「大丈夫だって。師匠すごいから」
「理由になってないんですけど……」
珍しく彼杵からツッコミを入れられてしまう神哉。そのことについては神哉も言ってから気付いたが、実際椿の腕前は確か。
ただアンアン喘いでいるだけではない、はずなのだが。
「アハァァァァン♡ カタいいん! 熱いのがっ、ンッ、にゃがれこんでくりゅぅぅ♡♡♡」
「カタいって、なんのこと言ってるんですか?」
「訳するならば、相手の警察のブロックがカタいってことだ」
「じゃあ、ながれこんでくりゅぅっていうのは?」
「そりゃもちろん、相手のハッキングがこっちのネットワークに侵入されてるってことだ」
「…………それヤバいんじゃないの?」
沙耶がこちらを向いてボソッと呟いた。
一瞬の沈黙、神哉と彼杵はその意味を理解するのにコンマ数秒の時間がかかってしまい――。
「ちょ、ちょっと待って。師匠それ逆探知されてません?」
「ふぇぇ?」
「ふぇぇじゃなくて! 警察に居場所バレてませんよね!?」
いきなり叫びだして変なヤツだみたいな顔で椿は言う。
「らいじょうぶ、らいじょーぶ。まだこっちのめいんこんぴゅーたーまでは侵入されてにゃいから」
「てことはそれサブにはいかれてんじゃん!」
普段冷静で物静かで仏頂面の神哉も、流石にこれには驚愕と焦燥を隠せない。
一応ハッキングのいろはは知識として持っているが、実際にできるかと問われれば首を横に振らざるを得ない。ゆえに椿と交代することも手伝うこともできないので、ただひたすらに祈るしかないのだ。
「ツバキちゃん、お願いですから頑張ってくださいね。警察に見つかってブタ箱行きはヤダよぉ」
彼杵も事の重大さを理解し始め、椿を励ます。
しかし、そんな励まし虚しく椿のタイピングスピードはどんどん落ちていく。いや、堕ちていくといった方が正しいかもしれない。
「しゅごいぃぃ! 攻められるのってしゃいこぉぉぉ♡」
「神哉くんヤバい! ツバキちゃんがなんか新しい快感を覚え始めてます!」
「マズいな、師匠が責められることなんて滅多にないから、新たな性癖に目覚めてしまったのか……。サヤ姉のようなドMに……!」
神哉がボソッと呟くと、後方から「ぐはっ」という声。沙耶のHPはもうゼロのようだ。
「ハぁぁぁぁ~ンンっ♡ もう、らめ……」
「お、起きて起きてツバキちゃん! 神哉くんどうしよ、ツバキちゃん気絶しちゃってる。……アヘ顔で」
最後の補足情報によって、この小説は性描写ありのタグを付けざるを得なくなった。カクヨム上ではモザイク処理されることであろう。
「よし、逃げよう」
椿がダウンし、神哉は逆に冷静さを取り戻した。すぐにその判断を下し、彼杵と沙耶に告げる。
「後の対処は任せろ。お前らはすぐにもと来た道を真反対の方向に進め。別の通りに抜けられる」
「……神哉くん、一緒に逃げないんですか?」
彼杵は神哉の袖口をキュッと掴み、心配げな表情で上目遣いに問う。本気で神哉の身を案じて一緒に来てほしい、ようにも見える。
「俺はここから一切の証拠、形跡を消してから行く。俺ん家で待ってろ」
彼杵を心配させまいと、神哉は少しだけ声のトーンを上げて、珍しく笑った。
そしてポンポンと優しく頭を撫でてやる――つもりの神哉だったが、照れの感情が強く、ついワシャワシャと乱雑に撫でてしまった。
その行為に彼杵は少しポカンとしてしまったが、すぐに嬉しそうに目を細めて口を開く。
「絶対帰ってきてね!」
「もちろんだよ。誰かの尻拭いで捕まっても良いなんて考えられるほど、自己犠牲の精神持ち合わせてないから」
神哉の返事を聞いて、彼杵は椿を背負う。椿はもちろん現在もアヘ顔を継続している。
「ほら、サヤ姉起きて! 行きますよ!」
未だ床に膝を抱えてしょぼくれている沙耶の腕を掴み、無理矢理立たせて引っ張っていく。
彼杵と沙耶と椿が部屋から出ていき、神哉はふぅーと長いため息を一つ吐いた。
「さて、それじゃあ小細工しときますかね」
CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC
けたたましいサイレンの音を立てて、街中を滑走する一台のパトカー。当然ながらそこに法定速度遵守という概念は存在していない。
緊急車両の走行に、何の気無しに市街地を走行していた一般車は停止したり進路を譲ったり、警察の仕事に無償で協力してあげている。道を譲ったところで自分たちへの得は一切無いが、かと言って譲らなければ違反。パトカーが道を譲れと言っているのにずっとその前を走ろうとする馬鹿はいない。
そしてそんなパトカーはやがて停止し、車内から二人の刑事が降りてきた。二人は目を合わせ、路地裏へと迷いなく足を進めていく。
多くの人々が行き交う道路から路地裏に入り、その路地裏からさらに入り組んだビルとビルの間に入り込んでいく。
表通りの活気溢れるワイワイ賑やかな雰囲気はすでにもうない。次第に日光も届かなくなるほど奥の奥にまでやってくると、物静かで奥深い闇に包み込まれていくように感じる。
やがて刑事の足がとある部屋の前で止まった。
『盗れない
「サイバー犯罪対策課だ! 手を上げろ!!」
――一気に扉を蹴飛ばして、室内に向かって拳銃を向けた。
その瞬間、椿の部屋は爆発によって跡形もなく散った。
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