『鳴り響く銃声と悲鳴』

「よーし、これで一ヶ月くらいはもつかな」


 神哉がレジ袋を入れたカートを押しながら呟くと、その少し先をるんるんと楽しそうに歩いていた彼杵が振り返って言う。


「レジ済ませたら、すぐ神哉くんちに帰りますか?」

「なんで? どっか寄りたいとこある?」

「はい! 家具屋さんに寄りたいんです!」

「家具屋?」


 神哉が眉をひそめて鸚鵡返しに首を捻る。それに対して彼杵が何故か得意げな顔をして口を開いた。


「私、そろそろ家を借りようかなと思ってるんですよ」

「それで家具を見たいってことか」

「そうです! あ、でも安心してくださいね。家借りても神哉くんちには週八で寝泊りさせてもらいますので!」

「いやじゃあなんで家借りんだよ……。あと何だ週八って、お前の中では一日21時間なのか?」

「まぁまぁなんでもいいじゃないですか~。私にも色々と考えがあるのです! て言っても、私服とか色々置いときたいものが増えてきただけなんですけどね」


 だったら家じゃなくてレンタル倉庫とかでいいんじゃないのか――と言いたくなったが、彼杵が家を借りることに関してもう決心しているようなので、神哉は余計な口出しはしまいと口を噤んだ。


「じゃレジ通してくるから先行っててくれ」

「わっかりましたー!」


 ピシッと手を額に持っていき、敬礼する彼杵。とたたっと家具屋の方向へと駆けて行った。神哉はその姿が見えなくなるまで見送ると、レジへカートを押した。

 何故彼杵はこのタイミングで――神哉宅にたまるようになって一年以上が経っている今になって、家を借りることにしたのか。本人は置いておきたいものが増えたからだと主張しているが、その真意はどうなのか――今はわからないにしても、神哉はもう少し思考するべきであった。




 CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC




 神哉がレジを通して買い物を済ませ、食材たちを入れたレジ袋を乗せているカートを押して家具屋まで行くと、店内中央のソファコーナーでジッと値札と見つめ合っている彼杵を発見した。


「おーい、彼杵!」

「あ、神哉くん! こっちですこっちー!」


 神哉の呼びかけに気付いた彼杵は、小柄な身体をめいっぱいに背伸びをして、大きく手を振る。神哉が彼杵のところまで近付くと、彼杵はソファにドカっと腰掛けた。


「どうですかこれ。いいと思いません?」

「これ、借家に置く気?」

「はい。そうですけど」

「お前ひとり暮らしだよな」

「もちろんですよぉ! 神哉くん以外とは同棲する気はありません!」

「……ひとり暮らしでこんだけデカいの必要なくない?」


 彼杵が目に付けたソファは、相当な身長を持つ人間であっても余りに余りまくるであろう巨大カウチソファ。しかも値札横の商品説明欄にはイタリア製本牛革使用と記載されている。物自体の大きさ、素人目に見ただけでも分かる良質さからすれば、値段が四十万を優に越えているのにも納得だ。


「え~そうですかね。私結構気に入ったんだけどなぁ」

「いや別に買うなとは言ってないだろ。買ってもいいと思うぞ、勝手に買っていいぞ」

「んー、完全に他人事決め込んでますねぇ。……でもまぁ買ってから勝手が悪かったりしたら嫌ですし、部屋のサイズとかしっかり測ってからにします。もしいざ買ってから部屋に入らないとかなったら私、カッてなっちゃいそうなんで」

「分かった分かった。テキトーに返事したの謝るから『かって』って言う単語から離れてくれ」

「むふふー。じゃあベッド選ぶの手伝ってください!」


 満足気な彼杵に強引に手を引かれ、今度はベッドコーナーへ。そのまま腕を組んだ状態でニヤニヤ笑みを浮かべながらひとつのベッドを指差す彼杵。


「どうしますか? やっぱり買うならダブルベッドですよねぇ~」

「は? さっきから言ってるけど、ひとり暮らしなんだろ?」

「なに言ってるんですかぁ~。将来私たちが結婚した時のために決めとこうってことですよぅ! もぉ、妻の口からこんなこと言わせないでくださいよ~///」


 赤らんでいる頬に手を置いて、恥ずかしそうに身をよじる彼杵。神哉はその姿態をジト目で注視しながら言う。


「お前の方がなに言ってるんですかーなんだけど。あと妻じゃないよな、嘘は良くないぞ」

「詐欺師から嘘は良くないとか言われてしまった……! 私も犯罪者が板に付いてきましたか……んぐッ!?」


 彼杵は公の場だと言うのに、そんな発言――否、失言をしてしまった。犯罪関連のことをこうも軽々しく口にしてしまう時点で、まだまだ板に付いているとは言えない。

 神哉はそっと静かでありつつ素早い動作で彼杵の口を手で抑え付けた。表情は崩さず、目だけ動かし周囲の反応を伺う。幸いなことに、近場にいた客で二人の会話を聞いていた者はいないようだ。

 

「彼杵いいか、いつ何時であろうと絶対に自分が社会の敵だってことを忘れるな。冗談でもポッと口に出して捕まってしまうなんてことがありえないこともなくないから」

「あうぅ……すみません。つい神哉くんのお家にいる気分で言っちゃいました……」

「いや、まぁそんなに落ち込むな。今後気を付ければ――」


 ――いいから。と思いの外反省している様子の彼杵に慰めの言葉をかけようとした途中で、神哉の口の動きが止まった。彼杵は神哉の普段とは違う雰囲気に違和感を感じ、後方に振り返る。


「神哉くん。もしかして、アイツですか」

「うん。ありゃ今から何か仕出かすぞ……」

「強盗団ですかね」

「どうだろうな。ただ、明らかに一般客じゃない」


 ふたりの視線の先にいる、黒ずくめの男。大きな登山用リュックサックを背負い、キョロキョロと辺りを見渡している。神哉は店内にいるであろうリュックサック男のを、店内を一瞥して捕捉した。中央にいるのがリュック男、そして四角形の店内四隅にこれまた黒ずくめの男たちがひとりずつ。

 彼らが強盗団であるという確証は一切ない。だがしかし、神哉の目から見て、彼らの一般人からかけ離れた雰囲気は否めない。男たちの周りの人間を選別しているかのような視線の動かし方は、自分たちにとって都合の悪そうな相手がいないかを探っているように見える。


「彼杵、行くぞ。少し早歩きしろ」

「はい」


 神哉は彼杵の腕をくいと引き、出口の方向を指差す。指示通り、彼杵は出口方向へと足早に歩いて行く。神哉は視界の端に彼らの存在を入れておきながら、前を歩く彼杵からワザと少し距離を置き、ゆったりした歩調で後を追う。

 彼杵があと少しで出口に辿り着く――という所で、背後からパァンと甲高い音が鳴り響いた。そしてそれに続くドスの利いた野太い声に客たちがざわめきだした。


「全員地面に膝をついて手を頭の上に挙げろ!」


 彼杵もビクっと肩を震わせ、足を止めてしまった。状況を確認しようと、後ろを振り返ろうとしている。


「彼杵、振り返るな! 走れ!」

「は、はぃ~!!」


 なりふり構っていられる状況ではなくなった今、店内から出てしまえば何ら問題はない。神哉は彼杵に向かって叫んだ。脅えながらも出口へダッシュする彼杵だったが――。


「アダッ!!」


 大きな壁――否、巨体の男に道を遮られてしまった。男はニンマリと楽しそうに笑みを浮かべ、彼杵に言う。


「おいおい~。逃がしゃしねぇぞ、人質は多い方がいいからなぁ」

「チッ、まだ仲間がいたのかよ……」


 小さく舌打ちする神哉。あと一歩のところで被害者の中に入らないことが出来たのだが、こうなってしまってはどうすることもできない。

 巨体男に銃を突きつけられ、神哉と彼杵は縛られてしまい、晴れて人質の身となってしまったのだった。

 不運なことに対して“晴れて”という言葉を使うのも、なかなか皮肉なものである。

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