『胸に抱かれた諭吉さん』
「見てください! 近場の家にあった金庫からガッツリ
彼杵の胸に抱かれる形になっている大量の諭吉さんたち。一時間でこれだけの量を盗んでくる彼杵の泥棒としての腕はなかなかのものだ。
「彼杵、いつもそんな突発的な感じで仕事してるの? 捕まる確立の高い泥棒なんて、あたしにはちっとも理解できない仕事だわ」
「まぁそれはそうなんですけど~。私の場合はお金が無くなったら動くだけなので、普段はゴロゴロしてますね」
「それも俺の家でな」
「いいじゃないですかぁ。いずれ来る結婚生活の練習みたいな///?」
「うん」
「ちょ、ちょっと神哉くん! そんなに冷たい目で見なくてもいいじゃないですか!!」
予想外の反応を見せた神哉に涙目になって訴える彼杵。神哉はそれを無視して出来上がった料理をダイニングテーブルへと運び始める。
ロールキャベツと洋風肉じゃが、アスパラ生ハム巻き、そしてフルーツの盛り合わせというそこそこに豪華なメニューになっている。
シャンパンに合わない料理はないという情報をもらったため、神哉は和食にしようかとも考えたが、どうも合いそうにないと感じてしまい結局洋食っぽいものを多めにした。何にせよ合わないツマミがないのだから、何を作っても問題はない。
「相変わらず美味しそうなもの作るわね、神哉」
「美味しそうじゃなくて実際美味しいですしね〜」
「そうね。彼杵が好きになるのもわかるわ。あたしも神哉のこと狙っちゃおうかしら」
「んなっ!? だ、ダメダメ、それはサヤ姉でも許せません!!」
「うふっ、冗談よ冗談」
冗談と言いながらも若干頰が赤くなっている沙耶。おそらく狙っちゃおうかしらと自分で言っておきながら、恥ずかしくなり照れているのだろう。相も変わらずウブなキャバ嬢である。その様子を見て、神哉は愉快そうに目を細めて口角を上げた。
「さて、そろそろカズを起こした方がいいかな」
「えー。もう別にほっといてよくないですか。寝てても邪魔だし起きたらさらに邪魔ですよ」
「いやでもさぁ……」
さすがに可哀相じゃないかと思った神哉だったが、その直後に発せられた和人の寝言でその考えも吹き飛んでしまった。
「うーん……カナちゃーん、結婚前に返済しておきたい借金があるから、四百万貸してくれない?」
「うわ、この人夢の中でまで女の子から金騙し取ってますよ……」
「職業病ってヤツなのかしらね。呆れを通り越して尊敬しちゃうわ」
結局三人は和人を起こさずに晩餐を始めた。
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「う~ん、さすがはルイ・ロデレールね。泡がすごく滑らかだわ~」
シャンパングラスに注がれた濃い黄色の液体を口に含み、沙耶が口元を綻ばせて言った。ぼったくりを専門としているとは言え、やはりキャバ嬢はキャバ嬢。酒についてはそれなりに詳しい。
弱めのチョコ風味に主とされる柑橘系の果実の要素が感じられるこのシャンパン。酒の味はたいして気にしていなかった神哉も、値段の高い酒だということを知って飲むと普段より味覚が鋭くなったような気がした。
「それに、神哉の作った料理がよく合う。さすがは生活力の塊、詐欺なんてやめて家事代行とかすればいいのに」
「生活力の塊って、なんか嫌だな……。あと俺は家事得意なだけで好きじゃないから。得意と好きは違うんだよ。正直サヤ姉に少しでもわけてあげたいね。きっと自宅はゴミ屋敷のように……」
「そ、そこまでじゃないから!! あたしだって物を片付けるくらいは出来るんだからね!」
顔を赤くして慌てる沙耶を見て、笑いながらグラスに口をつける神哉。釣られて沙耶も赤面を隠すようにシャンパンを喉に流し込む。
すると先ほどまで黙って飯をつついていた彼杵が口を尖らせ。
「ぶー、二人とも羨ましいです。私もそのお酒飲みたいですぅ!!」
「ふっ。彼杵、これは大人じゃないと美味しさがわからない。未成年のまだまだガキンチョには早い!」
「なっ、なんですかそれ! 私だってもう少しで二十歳の大人ですし! 大きな人と書いて大人なんですよ! それに、大学生は未成年でも歓迎会とかでじゃんじゃん飲まされるって聞きました。神哉くんもサヤ姉も未成年の時に絶対飲んだことありますよね!?」
「あー、確かに大学のサークルじゃそういうことあるらしいなぁ。俺は入ってなかったから知らんけど」
神哉は入学して間もなくすぐに架空請求業者として働いていたため、サークルには入っていなかった。そもそもサークルに入る気もなかったということもあるのだが……。
「俺、架空請求始めるまでめっっっっっちゃクソマジメだったから、酒とか飲んだことなかったぞ」
「えぇ~……。でも絶対一口くらいはありますよね? ほら、親戚が集まった時とかにおじさんから進めらるとかあるあるじゃないですか~」
「いや前言ったろ? 俺児童養護施設出身だし」
「あっ、そう、でしたね……なんかすみません」
しまったという表情をして謝罪する彼杵。その若干気まずくなった空気感を壊すように沙耶が発言する。
「あたしは今の店に入ったのが高校の時だから、二十歳前には普通に飲んでたわよ」
「ほ、ほらやっぱり!! 私にも少し分けてくださいよぉ〜。一杯だけでいいのでっ!」
「はぁ……んじゃグラス持って来い。注いでやるから」
「わーい、やったーー!!」
神哉のお許しの言葉に、彼杵は満面の笑みで嬉しがる。トタトタとキッチンからコップを持ってくる彼杵。神哉はそのコップにそっとシャンパンを注いであげた。
「それじゃあ、乾杯しましょう! かんぱ~い!」
「「乾杯」」
神哉と沙耶は微笑を浮かべ、彼杵のコップと自分達のグラスを合わせて音を鳴らす。彼杵はゴクゴクと一杯を一気飲み。酒の初心者が一気飲みするのは非常に危険なことなのだが、彼杵は意外にも酒に強いタイプのようで、その後も一杯だけといいながら四杯ほど飲んでいた。
和人が目を覚ました頃には、ボトルに残ったシャンパンはほとんど彼杵が飲み干してしまっていた。そうしてその日の久々の四人(和人はほとんど眠っていたが)での集まりは幕を閉じた。
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