『嫌いじゃないです。生理的に苦手なんです』
沙耶に仕事を休んでもらい、久々にみんなで集まろうという話になっていた神哉たち。
沙耶とその約束を交わしてから数週間後、神哉宅に犯罪者たち四人が久々に集まることになった。まあ正確には
「私、サヤ姉久々に会います! 楽しみだなぁ〜。早く来ないかな〜」
「相変わらず気に入ってるな、サヤ姉のこと」
「はい! サヤ姉優しいですし、女としての大先輩ですから!」
「女としての大先輩ねぇ……」
神哉としてはあまりそうは見えないのだが、実質沙耶は勤めているキャバクラではNo.1なのだ。あんなにポンコツなのに仕事となると人が変わるのだろうか。
「神哉くんとナルシーはサヤ姉のキャバクラ、行ったことあるんですよね?」
「ん、あぁ。あるよ、一回だけ。酔った勢いでな」
神哉は天井を見上げ、沙耶の店に訪れた時のことを思い出す。神哉とカズが大学で知り合って間もない頃、はしご酒をしている最中にキャバクラのキャッチのお兄さんに捕まり、入店したのが沙耶の働くぼったくりキャバだったのだ。
「どんな感じだったんですか? サヤ姉」
「……うーん、酔っ払いに馬鹿にされてキレてた」
「えぇ〜、でも酔っ払いなら仕方ないですよ。酔っ払いは悪です。お酒に飲まれてしまうような人には制裁として怒って正解! やっぱりサヤ姉カッコいい!」
若干無理矢理に沙耶のことをカッコいいことにしている気もするが、彼杵は満足そうだ。彼杵が酔っ払いをこれでもかと嫌っているのには理由があり、その原因というのが――。
「うぃ〜っす。神哉〜、酒持って来たぞぉ〜」
「うわ……もう来たし」
彼杵は沙耶の話をしている時のキラキラとした目と打って変わって、おそらくこの世で一番恐ろしく冷たいジト目でやけにテンション高く入ってきた和人を睨んだ。対する睨まれた和人は普段の爽やかイケメンとは思えないアホ面で口を開く。
「おいおいおい~、彼杵ちゃんなんだよその目~。冷たくなーい?」
「うるさいです。私、神哉くんに今日ナルシーは呼ばないでって言ったんですからね。神哉くんがどうしてもって言うから私もガマンしましたけど」
「おぉっ、マジかよ神哉! ありがとなぁ〜」
そう言って神哉に倒れこむように摑みかかる和人。
「……お前、酒臭いぞ。もうどっかで飲んできたな?」
「ほぁ? オレは、飲んできたのかぁ……」
普段の爽やかイケメンは何処へやら。その場に横になって眠ってしまった。今の和人は完全に酒に溺れたダメ大人と化している。
「あーあ。こりゃダメですね。海に捨ててきましょうか?」
「いや怖ぇよ……。彼杵、そんなにカズのこと嫌いだったっけ」
「う~ん。嫌いって言うよりも、生理的に苦手なタイプと言いますか……大きく
「そ、そうか……」
神哉は嫌いとはっきり言われるよりも傷付くであろうその言葉を、彼杵が和人に言ってしまわないように細心の注意を払うことを心に決めた。
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しかし、可哀相なことに酒好きの割りには酔いやすい体質なのだ。コンビニ駐車場の車止めを枕代わりに眠るなんてことが日常茶飯事で、今も神哉家のリビングの隅っこに転がされて泥酔し、爆睡中である。
「んー……困ったな」
「どうしたんですか? なんかお手伝いしましょうか!?」
キッチンに立つ神哉の声を聞いて彼杵が駆けつける。神哉は和人が持ってきていた酒の瓶を眺めて首を捻っていた。
「手伝ってもらうにも、どんな料理にしたらいいのか迷っててなぁ。いつもはカズから持ってきた酒に合う料理を教えてもらってツマミとか作るんだけどさ、見ての通り爆睡してるから」
「寝てるナルシーが悪いんですし、もうテキトーに作っちゃえばいいじゃないですか」
「そうしたいんだけど、合わないツマミ出したらアイツ怒るんだよ」
「はぁ……めんどうなクズナルシスト野郎ですね。やっぱり今のうちに足に鉄球付けて沈めたほうが――」
「だから発想が怖ぇって……」
真顔でそんなことを口走る彼杵に若干恐怖を覚えながら、神哉は再度酒瓶の銘柄を確認してみた。『LOUIS ROEDERER』と書かれているのを見るに、確実に日本酒ではない。クリスタルとか2009という文字も書いてあり、元々入っていた箱も瓶自体も眩しいほどの金色で、やけに高級感が溢れている。
「これって、シャンパンってヤツじゃないですかね」
「シャンパン……あぁ、これシャンパンって読むのか!」
酒の種類を未成年に気付かされる神哉。相変わらず酒に疎く、自分がその種類の酒を飲んだことがあるのかどうかすらわからない。
「日本のお酒じゃないってことは、洋風な料理に合うんですよきっと!!」
「確かにそうかもしれない……。よし、なんか洋風でシャレた料理を作るぞ!」
彼杵の助言もあり、俄然やる気が出てきた神哉はエプロンを装着し、顎に手を置いてメニューを考え出した。
とその時、ピンポーンと神哉家のチャイムが鳴り、ガチャっと扉を開ける音が響いた。
「おじゃましまーす。って、うわっ! コイツなんでこんなとこで寝てるの……」
「サヤ姉っ!!」
「わっ! 彼杵……っ! 久しぶりね~」
彼杵が勢いよくダイブし、危うくバランスを崩しかけた
さらに言うと沙耶自身は気にしていないフリをしているが、彼杵と会うといつも自分の胸と彼杵の胸を見比べているのが丸わかりなのが面白い。なのであえてそれを誰も指摘しない。
「くはぁ~サヤ姉やっぱり色っぽい。いつもキレイで美しいです!」
「ふふっ、ありがと。それよりも、この女の敵はどうしてここで寝てるの?」
「気にしないでください。後で私が溺死させときますから!」
「うーん、世の女の子たちのためになるけど、彼杵に手を汚させるわけにはいかないわ。それはうちの店の男たちにやらせておくことにするから」
「はーい、わかりました!」
その会話のやり取りが冗談なのかマジなのか判別が出来ない神哉は、その殺人計画をただただ黙って聞き流した。
「あら、神哉なかなかいいお酒持ってるじゃない。カズが持ってきたの?」
「うん。サヤ姉このお酒知ってる?」
「もちろん。ルイ・ロデレールのクリスタル・ロゼって言って……って、よく見たらボックスも付いてる! 全く、相変わらずお酒には金を惜しまない性格してるわ」
呆れたような口調でそう言う沙耶は、神哉と彼杵にシャンパンの説明を始めた。
「ルイ・ロデレール、クリスタル・ロゼ。これ一本で6、7万はする高級シャンパンよ」
「6、7万……!」
「超お高いじゃないですか!!」
「そうね。あとルイ・ロデレールは箱が付いたりしてて、それによって値段が違ったりするのが特徴かな。木箱とか化粧箱になってるのとかもあるの」
ルイ・ロデレールはシャンパンの名前でもあり、作っている会社の名前でもある。その歴史は古く、今から200年ほど前に設立された会社なのだ。
全てのシャンパンを瓶詰後、最低3年以上という長い熟成期間を設けており、過去も現在も最高級シャンパンメーカーとして知られている。
「ふーん。取りあえず高いってことは理解した」
「相変わらずお酒に興味無さげね神哉」
「それよりも、どんなツマミ作ったら良いのかわかんなくてさ。サヤ姉、なんか知ってる?」
「うーん。シャンパンって、基本的に合わないツマミは無いって言われてるんだよね」
「合わないツマミがない!?」
初めて知った情報に目を丸くする神哉へ、沙耶は『ただし』と人差し指を立て、言葉を続けた。
「極端に辛い食べ物は合わないけどね。神哉が作る料理なら、なんだって合うとは思うけど」
「なるほど。それならなんかしら作れそうだ。時間も晩飯にちょうど良くなりそうだし、待ってて」
「わーい、夜ごはーん!! 私、少しお腹減らすために走って来ます」
そう言って彼杵は神哉家を駆け出していった。その際、和人の身体を思いっきり踏んづけて行っていたが、神哉も沙耶も注意はしなかった。
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