第14話
「さて、準備は出来たな」
六畳間の自室に座り込み、誰にともなく呟いた。
明日は休みで、残業の命令を用事があると強弁してそれを振りきって仕事を終えた金曜日。
窓の外から濃橙色の夕日が部屋の中をその色に染め上げたその中で、胡坐で座り込んだ俺の目の先には例のリキッドとそのブースターの二つが置いてある。
少しドロリとした粘性の高い液体を入れた小瓶は室内の色を濃縮されたような色合いをしていて、それを掴んで一口で飲み干す。
瞬間、口内ではエグイ味と化学物質の塊のようなケミカルの臭いが充満する。
生物としての本能で吐き気が胃の辺りから口までわきあがってくるがそれら全てを傍らに置いたオレンジジュースで無理やり流し込む。
異物としてのそれは喉元を流れ、体内に入ってしまえば強烈な吐き気はひとまずおさまった。
そこで少し間を置く。
前回誤飲したときには効果が現れるまで小一時間ほど掛かったので、一度立ち上がってゆっくりと腕を回してみた。
ストレス過多の仕事により凝り固まった筋肉がゴキリという音を発するのを感じながら大きく息を吐いてまた座りなおす。
そういえば今日は染谷は来ないそうだ。
十年来の友人付き合いの気安さから来る時には連絡はほとんどない。
あるとすればいつかのように仕事終わりの夜中くらいだ。
今日は用事があるそうで、『今日は休みだな』と昨日電話で少し残念そうな声が頭にリフレインする。
なので今日は心置きなく新しい体験を楽しめるのだ。
「それじゃボチボチ行こうかな?」
また独り言を呟くと、ブースター側の小瓶の蓋を開けて先程と同じように全て体内に放り込む。
もちろんオレンジジュースで押し流すことも忘れずに。
味は最初のリキッドよりかはケミカル臭はしないが、やはり普通ならば吐き出すような強烈なエグ味を感じるが、覚悟を決めた俺には吐き出すという選択肢は残されていない。
まるで服毒自殺を強行するように決死の覚悟で服用した。
「さてと…これで三十分から一時間だっけ?」
使い込んですっかりと瞑れてしまった座布団に乗って、出発するまでの待ち時間を動画を身ながら待つことにする。
いまも流行っているゲームに出てくる言葉じゃないが、今の状態を表すなら『おっと!効果は絶大だ!』と言ったところだな。
数本の動画を見ているうちに旅立ったことがすぐにわかった。
それはまるでジェットコースターのようにカタカタと全身を震わせながら胃袋から放射状に広がっていく幸福感で始まり、やがて溺れてしまったかのように世界を包み込む。
心臓は当社比2倍速で高鳴り、あふれ出た喜びが汗となって全身をずぶぬれにする。
かつて感じたことの無い幸福感が尾てい骨の辺りからズンズンと放射状に全身に広がっていく。
「これはハーブとは確かに違うにゃ~」
あまりの快感にろれつが回らなくて語尾がふにゃりとしてしまったが、それを笑う余裕も無い。
津波のようなエクスタシーが俺自身を流していく。
自分の歴史に新しい1ページが書き込まれた。
タイトルは…そう、最高に幸せな一時だ。
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