第2話
俺達が物心ついた時にはこの国は不景気で、しょぼくれた大人達がいつも暗い顔で街中を闊歩していた。
どこかが倒産しました。 破綻しました。
ニュースではまるで定期連絡のようにそれを流されていて、親達はそれを見ながら不安そうにため息をつく。
学校に行けば仲の良かった友達が急に転勤して行方不明になったり、小学校の時にはいつも小奇麗な格好をしていた近所のおばさんはボロボロになったそれを着ながら近所のスーパーにパートに出かけていく。
その中でも親達は毎日真面目にコツコツと努力しなさい。
先生の言うことを聞きなさい。
将来困ったことになるわよ。
ほら、大人になってあんなふうな仕事をすることになるわよと工事現場のオッサンを横目で見ながらありがたい忠告をしてくれた。
だが大人になって俺達は知った。
親達が見下していた当時のおっさんよりも俺達は遥かに安い給料で、もしくはなんだかんだと理由をつけて金も貰わずに仕事をさせられて使い潰されていくのを。
中学の時には気づかなかった。
高校生になっても気づかなかった。
大学生になって少しだけ気づくことが出来たくらいだ。
いま思えば学生の頃に自由に振る舞っていた不良たちの方が俺達よりも未来をわかっていたのかもしれない。
大人しくしていたところで将来は大差ないのだと。
真面目にしてきた俺達が社会に出る頃には正社員ですら高嶺の花で、せいぜいが派遣やバイトしか働き口が無かった。
それですら、努力したところで安い給料で一人暮らしなんてしようものならろくに使うことすら出来ない。
そんな俺達を親やそれより上の世代は甘えてる。
自己責任だ、あるいは若者の○○離れだと自分達の世代の失敗を棚に上げて批判してくる。
たまたま景気が良かった時代や暴れまわっていても就職出来た運が良いだけの世代が偉そうに見下していやがる。
若者はけしからんと言うのならそれを育てたあんた達の責任は一体どこにあるっていうんだ?
俺達は食っていく為に働く。
よりよい仕事を、よりよい未来に進むために、それは先達の方々となんら変わりはないはずだ。
だが仕事は無い。
不景気の為により安い仕事をいまだ発言権の無い俺達に押し付けてくる。
それでも生きていくために俺達は働かなければならない。
足元を見られ、さらに足元をみられ、さらにさらにと数十年続けていくうちに俺達はもはや奴隷と一緒だ。
だから俺達は少しだけでもマシな奴隷になる為に毎日こびへつらって努力を強要され、人生を潰していく。
耐え切れない奴は自殺していき、それを逃げたと評価され、ほらああいう奴になってはいけないぞとまた批判される。
そうされてきた俺や俺達の実感や現実を見れば『人生は生きるには長すぎる』なんてのは甘っちょろく恵まれたお坊ちゃまの戯言にしか思えない。
そうさ耐え切れなくなる前に、思考を停止させないため、人間であることを止めないためにも、俺は真面目に『ハーブ』に溺れる。
そう法律の想定外である合法的なドラッグに。
ハーブとの出会いはたまたま出かけた繁華街の路上販売だった。
噂自体は聞いてはいたが、当時はまだ社会という物を信頼していた俺にとってはひどく危なく、また危険な代物に思えた。
購入したきっかけはなんだったろうか?
思い出した。 怒りだ。 その時、俺は怒っていたのだ。
日本人特有の『空気』という名の強制力によって無賃労働を二時間させられ、感謝の言葉も無いバイト先の店長に我慢しきれず文句を言った。
その結果としてクビになった直後だった。
私見だが人間が馬鹿なことをするときには決まって怒りが原因だ。
樹木の海の中で首をくくる時も馬鹿騒ぎをするようにビルを飛び降りる時も一足早く死を迎えようとした人間が身体をそれに追いつかせるために電車に飛び込む際も全て怒りが根底にある。
自分自身の不甲斐なさと国民性であるお上には逆らえない負け犬根性のハイミックスにより、その怒りを抑えきれず死を自ら選ぶ。
強すぎる怒りは大量のエネルギーを使用する。
怒りを内面にだけ向けていればやがてそれは枯渇してしまい、生きるために必要な最低限の気力さえ使い果たしてしまう。
およそほとんどの自殺の根本は怒りなのだ。
それが外に向かえばどうなるか? 簡単だ。 暴力や暴走へと向かう。
それもまた前者よりも動物として健全ではあるが、この美しい国では身の破滅を招くだろう。
つまりは俺達、奴隷世代には三つの選択肢しか与えられていないんだ。
怒りを自分に向けてくたばるか、外に向けて犯罪者になるか、あとはそれに耐えて素直に奴隷として生きていくか。
だから俺はその前記二つの間を生きることにした。
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