第3話

「合法だから大丈夫ですよ」


初夏の夜にしてはやや蒸し暑い街角の一角で路上販売者の男は少しリリーフランキーに似ていた。


にこやかに接しているようでその実、少しも笑っていない目で、合法だから逮捕されないのだと説明していた。


名前は『スモーク』


安っぽいビニールの小袋に入ったそれはウッドチップをみじん切りにしたような細かさでみっちりと詰まっている。


「香炉の中に入れて焚けば良い香りで癒してくれるよ…ああ、でも気をつけてねうっかり吸っちゃうと良くないよ?たとえばパイプとかでね」


ハーブは建前上はお香として売られていた。 


なのでその建前を崩さないように男は本来の使用方法をこういった湾曲な方法で説明してくれたのだ。


「へえ、そうなんですか…うっかり吸っちゃうとどうなっちゃんですか?」


そのような建前など、この国で生きていればすぐに察することが出来る。


なぜなら街中では違法賭博であるはずのパチンコ屋が堂々と軒を連ね、無賃労働を『気遣い』という言葉で誤魔化している国なのだから。


そんな建前を男は正確に受け取って客商売で慣れた曖昧な笑みで答えを教えてくれる。


「う~ん、そうだね…これは外ではお勧めしないかな?しばらく『戻ってこれなく』なるからね、あとはこれなんかは少しマイルドで音が楽しく聞けるようになると思うよ」


まるで猿芝居。 あるいはハリウッド映画に出てくる日本人がヘンテコリンな格好や言葉で真面目に演技しているのを見ているような気分になる。


お互いに半笑いで三文芝居のような会話をしたあとに俺は財布の中から五千円札を取り出して『スモーク』を購入した。


帰り際に店主が、


「常連さんには色々とオマケできるから気に入ったらまた来てね」と商魂逞しい言葉を背中で聞きながら帰路へとついた。


さて、早速自宅であるアパートへと帰り着いて早速『スモーク』を取り出してみる。


見た目はやはりウッドチップを細かく砕いたようにしか見えない。


匂いを嗅いでみると、やはり樹木系の香りがする。


 これは本当にお香としても良いかもしれないなとも思ったが、俺としては本来の…いやいや間違った方の使い方で使用するのだ。


だがそこではたと気づいてしまった。


どうやって吸えばよいのか?


店主は『たとえばパイプとか』言っていたが、そもそもこの日本でパイプを使用している人間がどれほどいるだろう?


せいぜいが時代劇で煙管というものを使用しているのをみたことがあるくらいだ。


テーブルの上に『スモーク』を広げたまま少し考え込んで数分ほど考えた後にひらめいた。


そうだ煙草だ。 煙草の中味を少し出して先に詰めればいいんじゃないか?


だが俺は吸わないので煙草が家にない。 よくよく考えてみれば火をつけるためのライターだって持っていないのだ。


どうやら勢いもあったとはいえ『スモーク』を買ったことで緊張していたのかそれとも舞い上がっていたのか?


そんな当たり前のことすら思いつかなかったのだ。


途中でコンビニに寄れば良かったな。


自分の馬鹿さ加減に苦笑いを浮かべながら近所のコンビニで煙草とライター、ついでに就職情報誌を購入する。


帰り道にやたらと足取りが軽いことに気づいた。


こんな風になったのはいつ以来だろうか?


おもちゃ屋でゲームソフトを買ってもらうとき? 遊園地に連れていってもらったとき?


それとも初めて出来た彼女との初デートに向かっているくらいか?


……止めよう。 不毛だし、気分が落ちてくる。


思い出そうとすればするほど、この状態がずいぶん久しぶりだったということを思い出してしまう。


せっかくの初体験なのだ。 楽しい気持ちを忘れずにいなければ。


その頃にはバイトをクビになったこともクソ店長の顔も頭の中から抜けきっていた。


それだけで『スモーク』を買った甲斐があるな。


いま思えばなんて可愛らしいことを思っていたのだろう。


 このあとに来る人生最大の衝撃と幸福を知った後に比べれば…。

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