第21話 乙木町大運動会 前編


 十一月初旬、回覧板と共に乙木町大運動会の参加者募集の案内が届いた。夕飯前、乙木町の住民がこぞって参加する地域運動会のプログラムを見ながら、参加希望の種目に名前を連ねていく。そこにどうにかレポートを書き終えた倖がリビングに下りてきた。


「ん? みんなして何見てんだよ?」

「ああ倖くん! あのね、来週の日曜日に地域運動会があるんだけど、誰がどの競技に出るか話してたの」

「は? 運動会? つーか、日曜って俺らフツーに仕事だろ? 参加出来ねえんじゃねえの?」

「その日は特別に臨時休業にしようって、新オーナーが言ってくれてね」


 オーナーを解任された雅が、経理業務もこなす新オーナーの前で言った。


「マジかよ、溌兄。日曜ってカキイレ時だろ? そんな大事な曜日に休業しても大丈夫なのか?」

「ああ。ウチも協賛店として広告宣伝費を払ってるからな。賞品を提供する代わりに店の宣伝も出来るし、何より大会MVPに選ばれりゃ、超最新型のノートパソコンが手に入るからな! それを転売すりゃあ、ヒヒヒヒヒ……!」

「それ絶対モモダンが提供した賞品だろ?」

「稼ぎ時を犠牲にしてまで参加したがる訳だ」

 やれやれと慶が息を吐いた。


 運動会当日、秋晴れが広がる朝、乙木町の住民達がこぞって小学校のグランドに集った。地域運動会の為、子供から老人まで、幅広い世代の人々が優勝賞品や大会MVPを狙って気合いを高めている。乙木町の運動会は家庭色を大事にしており、本来紅白の二チームに分かれて競技するところを、参加希望を出した各家庭での対抗戦となっている。当然参加希望を出した兄弟も、チーム『HK!』(『ほおづキッチン!』)としてMVPの獲得と店の宣伝を兼ねて士気を高めている。みのりは朝から弁当を作り、応援席で兄弟の健闘を祈っていた。

 

 ジャージ姿の兄弟が開会式の為にグランドに並んだ。チーム『HK!』の隣に、チーム『P(ピー).MEN(メン)』(『PEACHMEN』)からお供四人が並ぶ。


「なっ! オメーらも参加すんのかよ!」

「当然だろう? 貴様ら極悪非道な鬼共が人間社会の健全なコミュニティに害を為さないか目を光らせるのも我らの務めだからな。少しでも人間を傷つけるようなことがあれば、すぐさま成敗してくれるわ!」


 つば付きのニット帽を深く被った清従が言い放った。俳優であることを隠す為に地味に決め込んだせいか、些か存在感が薄い。オシャレ帽子に黒縁メガネ姿の平子から醸し出されるキラキラのアイドルオーラ、銅源の憂鬱や鬱憤を笑い飛ばす太陽の笑顔、普段から地域コミュニティを大事にしている棗の周囲からの応援にかき消され、兄弟からもガン無視された。当然、人気俳優、遠野清従がこの会場にいるとは誰も気が付いていない。ズーンと落ち込む清従を他所に、いつも通り平子が慶にちょっかいを出す。


「どうせアンタらのコトだから、MVPの賞品を転売して金にしようって魂胆なんだろ~?」

「ああ。結構ヤバいらしいんだ。四の五の言っていられない状況らしい……」

 店の経営状況に青ざめる慶に、「いいバイト紹介してやろうか?」と親身になる平子がいた。そこに、今大会の進行係である男性の声で放送が流れた。


「――ええでは、今回の乙木町大運動会の筆頭スポンサー兼実行委員長よりお言葉を頂きたいと思います。それでは委員長、どうぞー」

 

 朝礼台に黒色のジャージに身を包む新羅が上がった。

(オメーかよ!)心内で溌がツッコんだ。


「ええー、乙木町の皆さん、本日は秋晴れにも恵まれ、絶好の運動会日和となりました。十一月ではありますが、過ごしやすい陽気で、スポーツをするには適した季節だと思います。どうかどなた様もケガのないよう、日頃の家族愛を存分に出し切り、我が竜胆カンパニーから提供させて頂いた豪華賞品の数々を獲得出来るよう頑張って下さい」

(マジメか! あと竜胆カンパニー及び竜胆コンツェルン、マジで倒産しろっ!)

「ええー、では次に選手宣誓を、選手を代表してチームピーマン……じゃねーや、チーム『P.MEN』から棗さん、お願いします」

(やっつけだな、進行……)

 選手宣誓の為、棗が実行委員長、新羅の前で右手を上げた。


「センセーイ、我々選手一同はー、日頃の家庭でのヒエラルキーを払拭しー」


(選手宣誓でヒエラルキー言うな!)


「普段は箸にも棒にも掛からないよーなダメ親父でもー」


(ダメ親父言うな! 父親連中泣くぞ!)


「今日(こんにち)の希薄な家庭環境をー、ハッピーソーハッピーに変えることを胸にー、正々堂々と戦うことを誓いまーす。by賞品獲得したらチビッ子達に全部あげるつもりのオレっち!」


(その純粋な宣言やめろっ! 少しは欲れ! 賞品目的のオレらが恥ずかしくなるだろーが!)

 

 溌の連発ツッコミに反して、会場には大きな拍手が起こった。こうして無事に開会式が終わった。


 第一種目『百メートル徒競走』


 校庭を斜めに百メートルのタイムを競う種目に、チーム『HK!』から倖、チーム『P.MEN』から棗が出場する。各チームそれぞれ異なるハチマキをしており、チーム『HK!』は赤色、チーム『P.MEN』は黒色のチームカラーと決められている。


 スタート地点に立った倖に、「頑張ってー、倖くん!」とみのりが声援を送る。他の三人も応援席に座って、弟に檄を飛ばす。

「オイ、ゆきんこ! ヒツジヤローに敗けたら時給下げるからなっ!」

「期待してるよ~倖ー。何か面白いことやってー」

「姉さんに追いかけられてると思って死ぬ気で走れ!」

「むちゃくちゃ言いやがるな……」


 準備体操をしながら、くるりと倖が兄達に背を向けた。一方、同じグループで走る棗にも「棗さーん、頑張ってくださーい!」とみのりが声援を送る。

「だあちゃんの為に一位になるからねー!」

 底抜けに明るい棗に、「四男坊に敗けたら一ヶ月間トイレ掃除だからな!」と清従が脅しをかける。

「ヒツジよ、場の空気も読めんようなイヌの言ったことなど気にせんでエエからのう! おんしはおんしの力を出しきればエエんじゃぞー!」

「そーそー。トイレ掃除はイヌッコロの仕事だからぁ~」

「貴様ら……! 我がチームが敗けるようなことがあれば大将の御顔に――」


「いちについて、ヨーイ……」とスターター。


「まだ喋っているだろう!」と清従が声を張るも、ドンっ! とピストル音。


 一斉に飛び出す走者。進行係が実況する。


「おっとー、チーム『HK!』が一人抜きん出ましたよー」

「っしゃー! そのままゴールまで突っ走れー、ゆきんこ!」

「やるねー、四男ナン! でもそうはトンヤがオロさないってねー!」


 二番手についていた棗がグングン倖に追い付き、ゴール手前で並んだ。


「なっ……! 抜かれてたまるかよ!」

「おっとー、二人同時ゴール! これは審判による判定が入る模様でーす」


 審議の結果、審判団から赤旗が上がった。


「っしゃー! ザマーみろってんだ! オレの弟がポッと出のヒツジなんかに敗けるかよ!」


 歓ぶ溌がガッツポーズを見せた。


「一位のチーム『HK!』には十点が加算されます。二位のチームピーマ……じゃねーか、『P.MEN』には五点が加算されます。三位は三点、それ以下は無得点となります。一体どのチームが総合優勝を決めるのでしょうかー。実行委員長、注目されているチームはお有りですか?」

「そうですね、どのチームにも頑張って頂きたいですが、チームカラーが黒と赤の両チームには、血で血を洗うデスゲームを期待しています」

「おっと~? 地域運動会でデスゲームは不穏ですよー? もっと穏便にスポーツを楽しんでくださーい?」


 応援席に凱旋した倖に、みのりが健闘を称える。


「やったね、倖くん! 接戦だったけど勝てて良かったね!」

「お、おお。オマエのために、頑張った……」

「倖くん!」

「だあちゃあああん! 敗けちゃったよー! ごめんねー!」

 お調子者の棗がみのりに謝った。

「棗さん……! 棗さんも惜しかったでしたね」

「だあちゃあああん! 大好きだよー!」

 みのりの手を掴む棗の首根っこを掴み、清従が陣地へと引きずっていく。

「貴様は大将の為だけにその四肢をもぎ落とせ……!」

「あっははー! じゃあねー、だあちゃん!」


 参加競技者全員が走り終わり、第一種目個人優勝は11秒23を記録した男子高校生だった。第二位は12秒46の倖、第三位は12秒47の棗だった。


 第二種目『障害物競走』


 チーム『HK!』から慶、チーム『P.MEN』から平子が出場する。校庭一周分の間に五種類の障害物が配置され、出場者がスタート地点に集合した。


「さーて、四回戦とシャレこもうぜ~?」

「まったく、お前という奴は毎回毎回私の周りをうろついて、よく千年も飽きずにいられるな」

「ナーニ言ってんのさ~? アンタだって嫌いじゃねーくせに~?」


 変装する平子がアイドルデュオ、『monkeyshine』の平子とはまだ誰も気が付いていない。曲がりなりにも美形の慶に周囲からの黄色い声援が飛ぶ。それにカッチーンときた平子が、俄かに本気モードとなった。


 スタート地点で慶の隣に立った平子が不敵に笑う。


「二回戦、三回戦は勝敗が付かなかったからな~。けど今回はハッキリ白黒付けてやるよ~。んでもって、アンタが敗けたらオレの言うコト何でも聞いてもらうから~。そのつもりでヤれよ~?」

「いいだろう。ただし、私が勝ったら金輪際私の周りをうろつくなよ。千年に及ぶストーカー行為も止めてもらうからな!」

「へいへい。んじゃ~、いざ尋常に勝負っしょ~」


 スタートのピストルが鳴った。一斉に走り出す五人の選手達。進行係が実況する。


「さーて始まりましたよ、『障害物競走』です。いい年したあんちゃ……男性達が五つの障害物に向けて走っていきまーす」


「今あんちゃん言おうとしただろ、進行……」

 溌が進行係にツッコんだ。応援席の雅と倖が慶に向けて声援を送る。

「けーい、そろそろ本気で残念なイケメンを払拭しなきゃだよー?」

「変態ロリコンシェフのおめいへんじょうしろよー、慶兄ー」

「おお、ゆきんこ! オメーからそんな言葉が飛び出るなんてな! こりゃー二学期末の試験結果が楽しみだぜ!」

「へへっ! つっても漢字じゃ書けねえんだけどな!」

「汚名返上……全部小学生で習う漢字じゃねーか!」と言っている間に、


「おっとー、ここで第一の障害物、『竹馬』です」

「竹馬か! また古い遊びをチョイスしたものだ! こんなもの何百年も昔から散々乗り尽くしてきたぞ!」

「それはこっちも一緒だし~!」


 他の選手がまごつく中、タンタンタンと足を進める慶と平子。あっという間に第二関門へと辿り着いた。


「ほぼ同着で第二の障害物、『あっつあつに煮立ったおしるこの早食い』です。もうあっつあつ、なんかもう殺意が芽生えそうになるくらい煮立っているそうです」


「なんで運動会でおしるこだ! それも煮立ってるって、殺す気かよっ!」

 ツッコむ溌の隣で、みのりが慌てた。

「まずいですよ、溌さん! 慶さんは猫舌さんだから、『あっつあつのおしるこ』なんて早食い出来ないですよ!」

「フン、次男坊め、ここで一気に順位を落とすが良いっ!」

「イヌよ、残念なことにサルも猫舌じゃ」

「はああ? どこまで次男坊に寄せれば気が済むのだっ、バカザルめっ!」


 第二関門で『あっつあつのおしるこ』に苦戦を強いられる二人を他所に、あっという間に他の選手達が第三関門へと進んでいく。


「あっち……! くそう、こんな所で引き下がる訳にはいかんっ……」


「くっそ、マジでダレだよっ、しるこをこんなドロ煮えにした奴ぁ……」


 執念と殺意を持って、どうにか二人は完食した。急いで第三関門、『早押しクイズ』へと向かう。このクイズの問題は、あらかじめ参加者達から出題文が提出され、それをくじ箱に入れて、出題者(審判団)がランダムに引く。これがなかなかコアで難しく、まだ一人として第三関門の突破者はいない。五人揃って第四問目が出題された。


「こちらはカフェ、『ほおづキッチン!』のパスティッチェーレさんからの出題です! ジャジャン! ……『僕はイタリアに修行に行っている時、一人でイタリアのマフィア組織を一つ、とある理由でぶっ潰したことがあります。さてその時、満身創痍のボスに向かって言い放った言葉とはなんでしょう?』……です」


 その問題に、雅を除く応援席の両チームが無表情となった。青ざめる慶が早押しボタンを押し、ズーンと沈んだ口調で解答を述べる。


「ピーーーーーーーーー」


「えー、ご来場の皆様に申し上げます。ただ今の出題の解答に付きまして、教育上大変よろしくない言葉が出てきました。よって誠に勝手ながら運営側で規制処理させて頂いておりますので、何卒ご了承頂きますようお願い申し上げます。そしてチーム『HK!』、トラウマを復活させ一抜けです」


「ちょーっと難しかったかぁ。でも解答者に慶がいてラッキー問題だったね!」

 和やかに笑う雅の隣で、二人の弟とみのりが沈黙した。

「アッハハー! 兄弟でいっちばんヤベーのって、長男ナンじゃんー? 一人でマフィアぶっ潰すとか、こっえー、マジで鬼ジャン!」

(鬼だわっ! 正真正銘、極悪非道の赤鬼だわっ!)と兄の凶行を口に出して言えない溌。


「相変わらず血まみれ鬼畜野郎だな……」

 本部席で片肘をつく新羅が、そっと悪態を吐いた。


 第四関門、『アメちゃん探し』へと着いた慶。白い粉に隠れた飴玉を探す競技に、顔面真っ白になる。


「さて、『アメちゃん探し』の飴玉は、およそ一立方センチメートル分の体積しかない小っさなアメちゃんでーす。ほとんど怪しい白い粉に紛れて、見つけ出すのも至難の業でしょう」


「怪しい白い粉って、片栗粉のコトだろーが! 誤解招くよーな言い方すんじゃねーよ!」今度は思いっきり声を出せた溌。


「一立方センチメートルの飴玉だと? くそう、肉眼じゃ殆ど分からん!」

 美形が白い粉塗れとなり、周囲から「やめてー!」という悲鳴が上がる。そこにようやく『早押しクイズ』を突破した平子が眼鏡のまま顔面からダイブした。眼鏡もろとも真っ白になった平子に、「お前、アイドルがそんなことまでして良いのか?」と心配する慶が訊ねた。

「どーしても言うコト聞かせてやりてーもんでね~?」

 眼鏡を取った平子が、ぺっと舌を出した。そこに小さな飴玉が乗っている。

「くそう! このままではサルに敗けてしまう……!」

 最後の障害物へと走る平子に敗けじと、慶も必死に飴玉を探す。


「おっとー、チームピーマン、ついに最後の障害物に到着です」


「とうとう訂正しなくなったな、進行……」


「第五関門は往年の障害物『グルグルバット』です。自分の年齢分回って頂きまーす」


「つーことは~、オレは二十五回回れってコトね~」

 そこに粉塗れの慶も追いついた。

「ということは、私は二千五百回回れということか」

「落ち着けよ~、そこの鬼。トータルじゃねーわ~」


 グルグルと二人が二十五回回る。ようやく回り終え、フラフラになりながらもゴールを目指す。途中、「うえええ」と嘔吐く二人に、「おしるこなんか食わすから余計に吐くだろっ……」と溌が声を張ってこの競技の問題点を指摘した。それでもどうにかゴールを目指す二人。


「サルにだけは敗けたく……うええ」

「オレだってアンタにだけはっ……うっ、モチが出そ……」

 顔中真っ白になってゴール手前で嘔吐く二人に、

「コイツらホンット残念なイケメンだな……」と溌が憐みの目を向けた。


「慶さーん、あともう少しですよー! 頑張ってくださーい!」


「ハっ! みのり……! そうだ、恋人の手前、格好悪い姿は見せられ――」


「ハイ、ゴール! 一位はチームピーマンのメガネザルさんでしたー」


「なっ……! いつの間にっ?」

「ハン! 『monkeyshine』、平子サマをナメんなってんだよ~。どんだけ振付で回転してると思ってんだよ~?」

 余裕でゴールテープを切った平子に、「あんのインチキザルめっ……!」と溌が憤慨した。どうにか二位でゴールした慶を、顔を拭いた平子が不敵に笑って見下ろした。

「さーて、約束通り、アンタにはオレの言うコト何でも聞いてもらうぜ~?」

「ぐぬぬっ……」

 ドSに笑う平子に、敗北を喫した慶がぐっと奥歯を噛み締めた。


 第三種目『宝物キャッチ』


 名前だけで立候補した溌と、チーム『P.MEN』からは銅源が出場する。背中にカゴを背負った出場者達が校庭に散らばった。各チームから選抜された、小さい子供から老人までの全員が一斉に競技するこの種目の内容は、具体的には明かされていない。


「おいオッサン、オメーにはぜってー敗けねーからな! どんな手段を使ってでもオレらがMVPをかっさらってやる!」

「おんしの気概は昔から変わらんのう! ……じゃが、宝と銘打ったモンを簡単に鬼に渡す訳にもいかんのでなぁ? せいぜいキジに横取りされんよう、気張ることじゃな」

 不敵に笑う両者。その上空を俄かにヘリコプターが旋回した。


「はあああああ?」

 

 びっくり仰天する出場者達。本部席から満足そうに上空を見上げる新羅がいた。

 進行係が競技内容を説明する。


「えー、この競技は、校庭上空から降ってくる紙風船に入れられた宝物を背中のカゴでキャッチする競技となっておりまーす。本物の宝物が入っている紙風船には『金』の字が書かれておりますので、それをいち早くゲットした方が一位となりまーす。なお、無数に落ちてくる紙風船の中身は宝物とは限りませんのでご注意くださーい。ではスタートです」


 ヘリコプターから無数の紙風船が落下してきた。


「地域運動会でヘリ出動させるとか、どんだけオメーんとこの大将、金使い荒いんだよっ!」

「ガハハハハ! それでこそ我らが大将じゃあ!」

 狼狽するも、溌はしっかりと上空から降ってくる紙風船に狙いを定めた。『金』の字が書かれた紙風船だけを探す。

「くっそ、数が多すぎるっ」


「頑張れ~、溌兄ぃ! 金の亡者の意地見せてやれよー!」


「溌さーん! ファイトでーす!」


 倖とみのりの声援を受け、溌が手当たり次第に背中のカゴでキャッチしていく。素早い動きから、あっという間にカゴ一杯の紙風船をゲットした。一旦カゴを置き、その中身を確認していく。


「ピーナッツに枝豆、くそっ、どれもつまみじゃねーか! 全部外れかよっ」

「わしにとっては最高の宝じゃがのう! 後は一升瓶でも落ちてこんかのう? ガハハハハ!」

「死ぬわっ! チビッ子達もいんだぞ!」


 そこに一つの紙風船が落ちてきた。コロコロと転がって、二人の前で『金』の字が顔を出した。一瞬の沈黙後、校庭に大穴が開く。砂埃が巻き上がり、二人が本気モードで対峙した。仏器を構え、法力を高める銅源と、赤瞳で瞳孔が開いた溌。


「……何じゃ、民衆の前で真の姿を晒すつもりかのう?」

「フン、言ったろーが。どんな手段を使ってもMVPをかっさらってやるって。『宝物』を守る為なら、人前だろーが鬼になってやるよっ」


 俄かの死闘突入モードに、一人の少女が『金』の紙風船を見つけ、トテトテと二人の間に歩いていく。


「なっ! オジョーちゃん、ちょっと待って!」

「何じゃアレはっ……!」

「ああ?」


 上空を見上げる銅源に釣られ、溌もヘリコプターを見上げた。


「はあああああ?」


 上空から五メートル越えの超巨大紙風船が、猛スピードで落下してきた。


「おっとー? アレは何ですかねー?」という進行係の問いに、「アレは今回特別に作らせた巨大紙風船です。中身は竜胆カンパニーが手掛ける菓子の詰め合わせです」と新羅が仏頂面で説明する。そうこうしている間にも、巨大紙風船が『金』の紙風船を追いかける少女目がけて、落下するスピードを上げていく。


「なんちゅう速さじゃあ! このまま落下したらケガだけじゃ済まんぞ!」

「っち……!」

 溌が瞬時に紙風船を拾った少女の下へと向かい、抱き上げた。すぐ目の前に迫った巨大紙風船に振り返る。


「溌さんっ!」

「溌兄!」


 パンっ……! と大きな破裂音がし、その衝撃風が校庭を襲った。再び砂埃が巻き上がり、その場の視界が遮られた。そこに風が吹き、目を瞑っていた応援席の面々にも溌達の様子が窺えた。


 フィールド一杯に菓子が散乱している。溌に抱き上げられた少女が「うわ~!」と飴玉やチョコレートを拾っていった。すぐさま競技に参加していない子供達も拾い始めた。


「棟上げかよ……?」

 そうツッコむ溌の爪が、人知れず鬼から人のものへと戻った。


「……ようやったのう、三男坊」

「ああ? オメーは見てただけだろーが!」

「そうじゃのう……」

 そう言って、銅源が足元に転がってきた『金』の紙風船を拾った。

「オイっ、ナニしれっと拾ってやがんだっ! 宝はオレのモンだろーがっ!」

 横取りしようとするも、銅源によって自分が絶対に手の届かない頭上へと紙風船を持ち上げられた。

「ふざけんなよ、ジジイ! 寄越しやがれっ!」

 三十センチ近い身長差に憤りを隠せない。そんな溌を他所に、銅源は『金』の紙風船を少女に手渡した。

「ほれ、おんしのモンじゃ。おんしが最初に拾うたからのう」

「いーのー?」

「エエんじゃ。それが因果応報じゃからのう!」

 太陽のような銅源の笑顔に、「アリガト~!」と少女も純粋に笑った。


「っけ! 無駄骨だったぜ!」

 応援席へと戻る溌に、「おにいちゃんもアリガト~!」と少女が言った。「おお~」と振り返りもせず溌が手を振る。


(まあ、宝つっても、どーせ子供向けのオオチャとかだろ?)


「え~、色々トラブルもありましたが、無事宝物は少女がゲットした模様でーす。おっとー? ここで宝物の情報が入りましたよー? ナニナニ、宝物は『竜胆カンパニーの株券百万円分』だそうです。……スゲーな、なんだこの会社」


「株券んんん?」

 

 衝撃的な宝物に溌の目玉が飛び出た。


「竜胆カンパニーは上場して二年ですが、その株価は右肩上がりに上昇中です。後三年もすれば十倍に跳ね上がるでしょう」と竜胆カンパニーの社長、新羅が淡々と言った。


「ふっざけんなあああ!」

 後悔しても時既に遅し。少女の両親によって、その宝物は厳重にしまわれた。


「惜しかったな、溌」

「はああああ。一千万が……」

 がっくり落ち込む溌を慶が慰めた。


 第四種目『借り物競争』

 

 午前の部、最後の競技に、チーム『HK!』からは雅、チーム『P.MEN』からは清従が出場する。


「現在互いに一勝一敗一引き分け、ここで貴様に勝てば我らの総合優勝も見えてくる……!」

「べっつに僕達は優勝なんて狙ってないよ~? 溌が欲しいのはMVPのノートパソコンだからね。それに僕、競争とかあんまり好きじゃないんだよねー。溌には悪いけど、テキトーに終わらせるつもりだからー」

 

 どこか乗り気じゃない雅が、応援席のみのりに目を向けた。弟達に囲まれ、楽しそうに笑う姿に胸が軋む。

 スタートを切った雅と清従が、それぞれお題の書かれた紙を選んだ。


「なっ……! こんなモノ、この会場にあるのか?」

 愕然とする清従を横目に、お題を引いた雅が無言のまま、その紙をポケットにしまった。走り回る清従を他所に、雅は再びみのりのいる応援席に目を向けた。


「えー、今回の『借り物競争』のお題は、世間で話題になったモノや言葉となっておりまーす。いち早くお題を見つけてゴールするのはどのチームの選手でしょうかー」


「兄さん、一体何を引いたんだろうな?」

「雅さーん、頑張ってくださーい!」

 応援席から声援を送るみのりの下に、雅が駆け寄ってきた。

「ごめんね、みのりちゃん。……僕と一緒に来てくれる?」

「ほえ? 私ですか?」

「ナニ引いたんだよ? ミーボー」

「ゴールしたら分かるよ」

 そう言って、雅がみのりの手を引いた。

「ほ、ほえっ? みやびさんっ?」

「兄さん?」

 ほとんど強引にみのりを連れ出し、二人でゴールを目指して走る。その間、みのりは雅と触れ合う手の温もりに、体の奥から湧き上がる熱を感じ取った。


「っち……」

 新羅が舌打ちして顔を顰めた。その前で二人がゴールテープを切った。


「おっとー? チーム『HK!』が一位でゴールしましたが、そのお題が合っていなければ再度やり直しですよー?」

 雅が審判団にお題を見せた。審判団の一人がマイクで言った。

「チーム『HK!』のお題は『PON厨』です。ではPON厨かどうかの確認の為、メンバー四人の愛称を伺ってみましょう。ではお答え下さい」

「は、はい……! えっと、赤鬼のるーなん、青鬼のりったん、緑鬼のゆっぴぃ、黄鬼のかなっぺ、です!」

「正解です! チーム『HK!』、一位にてゴールです」

 審判団から合格の旗が上がり、ゴールで雅とみのりが喜び合う。


「なっ! PON厨なら私でも良くなかったか?」

「慶兄が生き生きとコニポン。メンバーの愛称言うトコなんか聞きたくねえし……」

 凱旋した雅とみのりに「でかしたぞ、オメーら!」と溌が健闘を称えた。


「良かったよ、みのりちゃんがPON厨で。一位になれるなんて思ってなかったしね」

「わ、わたしも雅さんのお役に立てて、嬉しいです……」

 体中熱くて堪らないみのりに、「ありがとう」と雅が笑う。そんな兄の姿を慶は訝しく見た。

 

 こうして午前の部の競技が全て終わり、昼食タイムを迎えた。

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