第19話 ハロウィンナイト
「――お姫サン連れてきたよ~、大将。んじゃ、オレは次男坊のトコ行ってくるわ~」
平子に連れられ、みのりは新羅の下を訪れた。そこは『PEACHMEN』のVIPルームで、あの時の記憶が蘇り、赤面する。そんなみのりを目の前に、新羅はシャンパン片手に鼻で笑った。
「なんだ、女海賊のくせに弱腰か? お前も大事なモン守りてえなら、敵の大将の寝首掻くくらいの気合いを見せろ」
「わ、わたしは何をすればいいんでしょうか……」
ぎゅっとスカートを掴み、みのりは震える体でも、しっかりと新羅を見た。ソファに座る新羅はスーツ姿で、不敵に笑い、足を組んでいる。部屋には他に誰もいない。みのりと新羅が二人きりで向き合っている。新羅はグラスを置くと、一冊の冊子をテーブルに投げた。それは小学校の卒業文集で、みのりが卒業した学校のものだった。
「これって……」
「お前のクラスの卒業文集だ。どうだ、懐かしいだろう?」
「どうしてこれを貴方が……」
「そんなことはどうだって良い。問題はこの中身だからな。自分で開いて、お前が何になりたかったか読んでみろ」
新羅の言葉に、ぐっと詰まるものを感じるも、みのりは文集を手に取り、躊躇いながらも開いた。そこに書かれていた「将来の夢」に、目を瞑る。
「……そこに、お前は何になりたいと書いてある?」
みのりが顔を伏せ、唇を噛み締める。
「小学生時代のお前は、将来何になりたかったんだ? ちゃんと自分の口で言ってみろ」
「わ、たしは……デザイナーに……なりたかった、と……」
「諦めたのか?」
「こ、これはその当時になりたかったものでっ……! 今はもう、なりたいとかそういう気持ちは……」
声が消えていく。俯いたみのりに、新羅の吐息が漏れた。その直後、組んでいた足をテーブルに叩き付けた。ビクンとみのりの肩が跳ね、泣きそうになるのを必死に堪える。
「その衣装も、アイツら兄弟の衣装も、全部お前がデザインして作ったものだろう? 店にあるハロウィンの飾りもオブジェも、全部お前が好きで作ったものじゃねえのか?」
「それは……そう、ですけど……」
「生活被服科のある短大に進学しておきながら、興味もねえ商経学部に入学したのは、単に志望学部を間違えたとかじゃねえんだろ? 安定した職に就きたいだけで夢を諦めるなど、馬鹿な女だな、お前は。それで就職した証券会社を早期で退職しているのだから、つくづく救えない女だな」
ぐっと喉の奥が鳴った。みのりは新羅と目を合わせられずに、俯いたままでいる。
「だが、お前の才能とセンスは俺も高く評価している。ここから先は、ビジネスの話だ。……俺がお前のスポンサーになってやる。お前がデザインして作ったものを、世に出せるチャンスだ。どうだ、俺ならお前の夢を叶えてやれるぞ?」
「へっ……?」
思わず顔を上げた。新羅は立ち上がると、みのりの顎を持ち上げた。
「あ、あのっ……」
「いつ潰れるかも分からねえようなカフェで働くより、好きなことを仕事に出来る道に進む方が、お前の幸せになると思うが……?」
「わ、たし……」
「目を反らすな……。ウチの店からドレスを盗む客がいることは、棗から聞いているだろう? その損失分を、お前の作ったドレスで補填したい。勿論その分の報酬は、言い値以上に払ってやる。お前に任せたい仕事とは、この件だ。ただし、ドレスを製作する場所は、俺の家だがな。……少しずつでも構わない。お前が休みの日に俺の家で夢だったデザインの仕事が出来るなら、決して悪い話ではないだろう? それに、お前がデザインした商品が売れれば、いくらかアイツらの店にも、キャッシュバックしてやるしな」
新羅の金瞳がみのりを捉えて離さない。恐怖を感じるも、文集に書かれた夢が再び遠く離れてしまうことに、みのりはぐっと唇を噛み締めた。同時に、兄弟達の笑顔が浮かんだ。夢を叶え、その上大事なものも守れるならば……。
みのりは決意を固めた。
「……私に、その仕事をやらせてください」
重く決断のある言葉に、新羅はひっそりと笑った。
パレードに参加した兄弟達は、票を獲得する為に、見物人達にアピールしていく。投票で一位になれば賞金百万円というチャンスに、溌を中心に気合いを入れるが……。
「あのアリスの子、男の子!? うっそー、どっからどう見ても美少女じゃん!? 超カワイーんですけどっ!」という女性の意見に、不本意ながらも、溌は男性票の獲得に邁進する。
「オメーら! ボケっとしてねーで、一人でも多く票をかき集めろっ! モモダンの腐れイケメンどもに後れを取るんじゃねーぞ!」
檄を飛ばす溌の言葉を受け、慶が自分に見惚れていた若い女性に壁ドンした。
「……俺に惚れるなんてイケナイ子だな。そんな悪い子は、狼男が食っちゃうぞ?」
「きゃあ!」
黄色い悲鳴が上がる中、「マジで言いやがった……!」と倖がドン引いた。そんな倖の周りにも、倖ファンと警官コスマニアの女性達が、生唾を飲んでジリジリと囲んでくる。
「えっ……ちょ、いや、ホント、マジでムリっ……」
そう腰が引けながら、倖が壁際に追い詰められていく。
「倖チャンカワイイ……倖チャンカワイイ……倖チャン欲しいっ!」
「ぎゃあああ!」
女性達が一斉に倖に飛び掛かった。
「倖っ!?」
揉みくちゃにされている弟を遠目に、雅は集まった女性一人一人の耳元で囁いた。
「……君のトロトロに溶けたあまーいお菓子をくれなきゃ、僕の牙で、君の全身にイタズラしちゃうよ?」
そのエロ声優並みの色艶ある声に、女性達は列をなして自分の番を心待ちにしている。そうして囁かれた女性に、「投票は僕にお願いしまーす!」と雅が上手く投票所へと誘導する。そこにゾンビ姿の清従が現れた。一応、人気俳優の為、顔バレ防止の為に、特殊なゾンビメイクをしている。
「貴様、そんな卑猥な票集めをして、恥ずかしくはないのか?」
「んー? 上半身ほぼ裸の君には言われたくないんだけど……。僕はただ、ハロウィンとヴァンパイアに沿ったセリフを言ってるだけなんだけどなぁ?」
「貴様っ、そうやって姫様をも弄んでいる訳だなっ……」
「弄ぶ? 僕が……? ごめん、何言ってるのか分からないや」
「この期に及んでまだしらを切るつもりかっ! 常日頃、貴様らが姫様に対し卑猥な言動を取っていることは明白だぞ! よってここは我ら桃太郎一家が――」
「落ち着くんじゃ、イヌ。何を騒ぎ立てとるんじゃ、おんしは」
清従の暴走を止めるように、突然現れた(フランケンシュタイン博士の)モンスター姿の銅源が、二人の間に割って入った。
「キジ……! 貴様、大将の命を忘れたのかっ! 我ら桃太ろ――」
「はいどーっん!」
「ぶっ……!?」
銅源が笑って清従の体を突き飛ばす。その勢いで、カーブミラーにぶつかった。
「きっさまっ、キジ! 俺は俳優だぞっ……!」
「落ち着くんじゃ、イヌ。民衆の前で、桃太郎一家の名を出してはならぬと、前々の世から決められとるじゃろうが。それを大声で喚き散らす方が、余程大将の命に反しとると思うがのう?」
「ぐっ……キジの分際でっ……」
清従を落ち着かせた銅源が、「悪かったのう、長男坊」と雅の方に振り返った。そこに、「今夜は僕の棺桶で一緒に寝よう?」と、変わらず女性の耳元で囁く雅がいる。
「おんしも、まいぺーすな奴じゃのう!」
「爆ぜろ、長男坊っ……!」
「なーに? そんなに僕がカワイコちゃん達に言葉攻めするのが気に食わないの? だったら君も口説いたら良いじゃない。人気俳優なんだから、演技力には自信があるでしょ? ……ああでも、演技が没個性的過ぎて、この間のドラマ、視聴率が今世紀最低だったんだっけ? だったら自信失くして口説くことすらも出来ないっかー。弱虫毛虫のワンちゃんにはさ~?」
「何だと……? 大人しく聞いていれば貴様っ……!」
雅の挑発に激高しかけた清従が、「ふっ……」と笑った。
「良いだろう、ここは敢えて貴様の挑発に乗ってやる。所詮は素人。プロには勝てぬこと、その身をもって知るが良い……!」
「あっそ。じゃあ、キジ君は? 君も女の子は大好きだろう?」
「そうじゃのう、わしは嫁命じゃが……ここまで仲間をコケにされ、大人しく引き下がる程、わしは寛容ではないからのう……?」
陽気な笑いの中にも、確かに憤怒が窺える銅源が、雅を捉えて離さない。
「ホント、戒は君のどこが良いんだろうね。こんな盗賊上がりの、ジゴロ僧侶のさ?」
雅も悪戯に挑発し、不敵に笑う。
一方、慶は相変わらず壁ドンにて女性票を獲得していく。そこに包帯男の平子が現れた。
「ちょっとちょっと~、こーんな野獣より、オレの方がセクシーっしょ~?」
「サルっ……」
二人とも衣装が切り裂かれている為、色っぽさはあるものの、包帯で露出部分が少ない分、若干平子の方が見劣りする。
「そーゆーコトね~。じゃあさ~、オレに投票してくれたら、この全身に巻いた包帯を、ひと巻ずつ解ける権利をアゲルよ~。投票してくれたらその分、オレが裸になってくケド、トップアイドル平子のあられもない姿、見たくな~い?」
「なっ……! 公衆の面前でアイドルがそんなことをしても良いのか!? 下手したら、わいせつ罪で逮捕されるぞ!」
「ハン、だから何度も言わせんなよな~。ウチは金も権力も余す程持ってるって言ってんだろ~? 少しくらいおイタしたトコで、ただのイベント活動の一環だったで貫けんだよ~」
そう言うと平子は、シャツを脱ぎ捨てた。見物人達から、一斉に黄色い悲鳴が上がる。
「さ~て、包帯男と狼男、どっちがより票を獲得出来るか、三回戦とシャレこもうぜ、次男坊~?」
「ぐぬぬ……。ここにみのりがいないのが不本意だが、百万には代えられんか。分かった。この対決、受けて立とう……!」
本気になった慶が、シャツのボタンを外していった。
『PEACHMEN』から出たみのりは、新羅と交わした契約書の写しに目を落とし、そっと息を吐いた。そこには、新羅から提示された条件が連なっており、ほぼ勢いのまま契約書にサインした後悔が、今となってジワジワと湧き上がってくる。デザイナーの夢を掘り返され、心が躍動したものの、もう少し慎重になるべきだったと反省した。
「だあちゃん!」
棗の声がして顔を上げると、羊の格好の棗が笑って立っていた。
「棗さんは羊さんなんですね!」
「うん! カワイーっしょっ! でもだあちゃんの方が、ずぅーっとカワイー海賊だねっ、フウウウウ!」
その明るさに、何だかみのりは救われたような気がした。ようやく笑みが戻る。
「棗さんはイベントに参加しないんですか?」
「オレっち~? うーん、オレっちは人気投票とかよりも、だあちゃんとデートする方が百倍楽しいしっ! あっ、そーだ! ウチの店でイベント用にお菓子を用意したんだけど、集まってくれた子供タチに配ってまわらなーい?」
「良いですね! 見物人の方々も仮装している人が多いですし、せっかくのハロウィンですから、私も一緒に配りたいです!」
「うん! じゃー、レッツゴー!」
棗と共に、みのりは通りに出ている子供達にクッキーや飴玉を配っていった。多くの出店も並ぶ中、所々に見知った男達がいるが、皆票集めに邁進している。
「はい、お菓子をどうぞ」
「ありがと~、おねえちゃん!」
純粋な子供の笑顔に、みのりも嬉しくなった。そんなみのりに、棗もまた嬉しくなる。
「楽しいですね、棗さん!」
「うん。だあちゃんが楽しそうで良かった」
テンアゲではなく、素の棗の笑顔に、みのりはどこかで心が安らかになっていく気がした。二人で通りを走るお化け姿の子供達を目で追って、優しくその背中を見送った。
「私達にも、あれくらいの時があったんですよね……」
しんみりと話すみのりに、棗は目を伏せた。
千年前、平安の世で、物心がついた時には既に、路地裏に一人でいた。ボロボロの麻を着て、物乞いとして生きていた。いつ死んでも良い、寧ろ死んで楽になれるならばと、都の貴族相手に男妾として生きた青年時代に不老不死の実験体とされ、禿となった。過去から今までの千年を振り返り、一番幸福だった桃太郎一家での春姫との暮らしが、再びこの時代に巡り巡って舞い戻って来た。
「……何があっても、姫様は棗がお守り致します」
ボソッと棗が呟いた。
「ほえ? 棗さん?」
「ん? ああ、いや、だあちゃんと一緒にいられて幸せだな~って思ってさ~!」
「棗さん……」
屈託のない笑顔に、「そうですね!」とみのりも笑った。
イベント終了間際、投票締め切りまで残り十分のアナウンスが流れた。特設ステージの前に続々と仮装したイケメン達が集まる。そこに兄弟達も合流した。
「……マジで死ぬかと思った……」
ボロボロの倖が、半泣き状態で膝を抱えて項垂れている。
「よっし! 票固めは上々だな。後はオレらの中から一位が出れば百万だっ……!」
大分男性票を取り込んだ溌が、拳を固めて結果発表を待つ。
「いや~、ちょっとサービスし過ぎちゃったかなぁ? 途中からカワイコちゃん達がみーんな腰抜けちゃって、投票所まで行けなくなっちゃったし」
「貴様は正真正銘の女たらしだっ、鬼畜めっ! 素人があそこまでして、犯罪擦れ擦れだったぞ……!」
「声だけで絶頂させるとは流石じゃのう、長男坊! じゃが、わしもそこそこオナゴらの足腰立たぬようしてやったからのう! おんしとの対決結果が楽しみじゃ!」
雅、清従、銅源の三人もまた、結果を待つ。
そこに、放心状態の慶と平子がパンツ一丁で現れた。
「おお、慶りん……羅生門の老婆状態か?」
「……身ぐるみ全て剥がされた……」
「そっか……んで? 溝ザルは……?」
「一糸纏わぬホドに、包帯解かれちまった……」
「そっか……激戦だったんだな……」
もうこれ以上は聞くまいと、溌は声のトーンを落として、フェードアウトしていった。そこに頭の中お花畑状態のみのりと棗が、ルンルンとスキップしながらやって来た。
「トリックオアトリートだっちゃ~!」
「オメーは相変わらず能天気か。ヒツジが羊になってんじゃねーよ。何の面白みもねーな」
「あっはは~! 三男ナンにはコレあげる~!」
そう言って、棗がリアル目玉の飴を溌に手渡した。
「いらねーわ! なんだこのグロさっ! こんなモン子供に配ってたのかよ!」
「アメダマならぬオメダマね~、フウウウ!」
「うるせーわ!」
そうして遂に投票締め切り時刻となり、集計結果が出た。ステージに今回のイベントの最高責任者である新羅が立った。照明が落ち、ステージ上に立つ新羅にのみスポットライトが当たった。
「えー、では今回のメインイベントである、第一回仮装大賞の優勝者を発表したいと思います……」
完全にしらけモードの新羅が、マイクに向かった。ゴクリと唾を飲み込む一同。
(なんでアイツ不機嫌そうなんだ? ……ハっ! まさかオレらの中に一位がっ!? だからあんなにしらけてんのか! っしゃー! 百万はオレらがいただきだぜっ! ザマーみろってんだ!)と内心喜びに天を仰ぐ溌。
「えー、優勝者は、仮面王子です」
「はああああああ!?」
その仮面王子にスポットライトが当てられる。
「誰だおめえええ!」
金ぴかの王子の格好で、顔を仮面で隠す男がステージに上がった。
「まさか顔も出していないような男に敗けるとはな……」
「もうどーでもイイんじゃね~?」
慶と平子が遠い目をして、仮面王子に拍手を送る。
「なーんだ、モブが優勝しちゃったやー」
「モブとか言うな」
「名もなき
そう言って、雅、清従、銅源も拍手する。
「はあああ。あんなに揉みくちゃにされたっつうのに……悪夢だ……」
げんなりと膝を抱える倖の下に、小悪魔姿の百合亜が降臨した。
「ご機嫌よう、倖サマ!」
「お、おお、おまえ!? なんでこんなトコにっ……しかも小悪魔かよっ……!?」
鼻血が吹き出しそうになるのを、必死に堪える。そんな倖に、百合亜が一冊の本を手渡した。
「最新刊、『ハロウィンナイト~ヴァンパイア、狼男、アリスに乱される警官の憂鬱~』ですわっ!」
「悪夢だっ!」
表紙には、しっかりR18の文字があった。
「ええー、では優勝された変態、いや仮面王子に歓びの声を頂きましょう」
しらけモードが治まらない新羅が、仮面王子にマイクを向けた。
「いや~、まさか優勝できるとは思ってもみなかったので、率直に嬉しいですね!」
「くっそ! くっだらねーイベントだったな! おいオメーら、さっさと帰るぞ! まったく、野郎相手に愛嬌振りまくって、胸糞悪いイベントだったぜ……!」
毒舌が止まらない溌が先頭に立ち、疲れ果てた兄弟とお供一同も退散する。
「あれ~? みんな帰っちゃうのかい?」
仮面王子が名残惜しそうに手を伸ばした。
「ああ!? うっせーな、モブが優勝して一体ダレ得なんだよっ」
「モブモブって、さっきから傷つく発言ばっかりだな~。僕のことモブ扱いしたら、かぐやちゃんの逆鱗に触れちゃうかも知れないよ~?」
その言葉に、ピタッと男達が立ち止まる。ただみのりだけが、「かぐやさん?」と振り返った。
「ま、まさか、オメー……」
兄弟とお供一同から、尋常ならぬ汗が噴き出る。引きつった顔で、仮面王子の方に振り返った。
「ふっふふふー」
仮面王子が愉快そうに笑い、その仮面を外した。
「ミカドっ……」
兄弟が驚嘆の声を上げる。
「帝様っ!?」
「やあやあ、
長身で眉目秀麗な顔立ちと美声が表舞台に現れ、「きゃあー!」と気絶寸前の悲鳴が上がる。イベント中は一切顔出しせず、その雰囲気と美声だけで優勝を決めた男に、「相変わらずチート野郎だな……」と慶が遠い目をする。
ハロウィンで調子の乗っていた鬼を懲らしめようと、今回のイベントを開催した桃太郎だったが、結果として、しれっとイベントに参加していたかつての上司に、完全なるしらけ面で賞金を渡した。
「わーい! 臨時収入だ~!」
「臨時収入……? 時の帝だったてめえにしたらこれくらい、はした金に過ぎんだろう?」
「もー、桃くん、今はしがないマネージャー業だよ? 普通のサラリーマンなんだから。それに、ワガママなお姫様の望みを叶える為には、空想上の宝物を作る以上に、お金が必要だしね」
ミカドの微笑みに、「っち」と舌打ちし、新羅はステージを下りていった。「行くぞ、てめえら!」とお供達を連れて店へと帰る。
「大将……!」
慌ててその後を追うも、棗だけは、真っ直ぐにミカドを見上げたままでいた。それに気づき、「やあ、君も久しぶり」とミカドが手を振る。棗はぐっと目を反らすと、新羅の後を小走りで追っていった。
イベント終了後、『ほおづキッチン!』に立ち寄ったミカドが、みのりの手を取って挨拶する。
「やあやあ、みのり姫。君のことはかぐやから聞いているよ。僕は時定ミカド。月島かぐやの恋人兼チーフマネージャーなんだ~」
「ほ、ほえ~」
ほんわかした笑顔に、どういう訳か、ミカドを見上げるみのりの頬が赤く染まる。
「おいミカドてめー! しれっとみのりに触ってんじゃねえぞ!」
「倖くん! ……なんでそんなにボロボロなの?」
「うるせえ! 何も聞くんじゃねえ!」
「そお? いや~、それにしても大きくなったねえ。あの頃はまだこれくらいしかなかったのに」
そう言って、ミカドが豆粒サイズの大きさを示す。
「そんな小さくなかっただろっ」
「ああごめん、これくらいは、今の溌くんか~」
「ぶっ殺すぞ、オメー!」
「あはは~、君達とこうして再会出来たのも、大分時間を要したからね。あの頃を思い出して楽しいや~」
「あの頃……?」
不意にみのりが首を傾げた。
「うん。むかーしむかしのそのむかし。……君とも、久しぶりだね」
「へ……?」
「ふっふっふ。あれ? 夢で逢わなかったっけ?」
「ほえええ?」
口説き文句のような言い回しに、増々みのりは紅潮した。そこに、簡単な食事とドルチェを作った(狼男の仮装姿)慶と雅が現れた。
「まったく、お前までイベントに参加しているとはな。しかもそんな金ぴかな格好で。仕事は良いのか? サボっているとバレたら、姉さんに殺されるぞ?」
「君達は本当にかぐやを怖がり過ぎだよ? かぐやがどれだけ慶くん達兄弟のことを想っているか、ちゃんと分かっているでしょう?」
その言葉に、弟達は返す言葉もなかった。ただ一人、雅だけがドルチェの乗った皿と飲み物を置き、「君には感謝しているよ、ミカド」とその気持ちを伝える。
「ずっと妹の傍にいてくれてありがとう。君とも再会出来て良かった。細やかだけど、今の僕達から君へのお礼だよ。さあ、食べて」
「ありがとう、雅くん。仕事帰りにふらっと寄ったから、お腹ぺっこぺこなんだ~。それじゃあ、遠慮なくいただきまーす!」
そう言って、ミカドがコップの中の液体を口に含んだ。
「ブウウウウ!?」
倖同様、消火器の如く吐き出す。
「ミカドさん!?」
「イエイ! 作戦成功!」と雅が純粋に笑う。
「まさか雅兄、アレを飲ませたのか?」
「うん。だってムカついたから」
「ムカついたって、兄さん!? この流れは、我々に変わって日頃姉さんのワガママ放題に振り回されているミカドへの労いではなかったのか?」
「いや、よくやったぜミーボー! マジで仕事帰りにふらっと寄って百万ゲットとかなんなんだよ、オメー。あれだけ売れてる女優のマネージャーなんだから、それなりに収入あんだろ? オラ、さっさと賞金出しやがれ。今夜のコトは、かぐやんには黙っててやるからよ?」
「うわぁ、溌くん。この時代じゃ、それを恐喝って言うんだよ? 知ってた?」
「知ってるわ、ボケェ! こちとら馬鹿な長男のせいで死活問題なんだよ!」
そこに、バンっとドアを開けて店の中に入ってきた、女優、月島かぐや。
「あれ~? かぐやちゃん? どうしたの? この時間はまだ撮影じゃなかったっけ?」
「監督が急に体調崩してな、急遽中止になったんや。せやから
不機嫌MAXのかぐやの登場により、兄弟は沈黙し、その存在を最大限に消し去る。
「へへへ、そうなんだよね~。乙木町の通りで仮装のイベントをするって聞いてね、ふらっと寄ってみたら、向かいの店でイケメンくん達が仮装していたから、それなら僕もって思ってね。そしたら仮装大賞で優勝しちゃって、なんと賞金百万円! すごくない?」
「ふーん……それで?」
「それで!?」と意外そうに目を丸めるミカドに、冷たいかぐやの視線が向けられる。
「どないして優勝したん? こないダサい格好で仮面までして、一体どないしたら優勝出来たん?」
「そ、そそそそれはですねえええ」
女帝の氷点下MAX超えの追及に、ミカドはあさっての方向を向き、兄弟も思わず身震いする。
「どうせ色狂いの帝サマモードで口説き落としてったんやろ! ミカドの阿呆っ! 浮気モンっ! 好色スキモノ帝っ!」
「ち、ちがうよっ、かぐやちゃんっ!」
取りつく島もない程に、かぐやが喚き散らす。それに歯止めを効かせようと、ミカドはポコポコ殴るかぐやの腕を取り、その体を引き寄せた。
「……僕には君しかいないって、昔から言ってるだろう? かぐや」
「……(キュン)!」
裸眼姿+美声+呼び捨ての三乗効果により、かぐやが紅潮し、大人しくなった。
「うわぁ! あれが恋人同士の仲直りの仕方なんですね~!」
美形カップルのラブシーンに心ときめかせる、みのり。
「我々は一体何を見せられているんだ?」
「けっ! エロ帝がっ! 家でやれってんだよ!」
少々シスコンのきらいがある溌が、口悪く罵る。「ふう」と一息ついたかぐやが、置いてあったコップに手を伸ばした。
「あっ、かぐやさんっ、それはくさや――」
「かぐやちゃんっ!?」
みのりの忠告も虚しく、かぐやがそれを口に含んだ。
「あっ……」
兄弟が一斉に青ざめる。そそくさと雅が一番に逃げた。くさやサイダーを口に含んだかぐやが、にっこりと笑って兄弟に振り返る。
「ひいいいっ」
「……なんやろなー、この味。こないなゲロマズの飲みモンここに置いた奴、ダレ……?」
陽だまりのような声が、弟達の背筋を凍らせる。
「クッソ長男連れて来いや。早うっ……!」
「はいいいいいっ!」
すぐさま弟達が長男確保に走った。
「ゲロマズでも吐き出さないのは、流石女優だよ、かぐやちゃん……」
「あったりまえやろ! ここには、ウチの大ファンがおるんやで?」
そう言って、かぐやがみのりの両手を握った。
「かわええ海賊やなぁ、ミノリ!」
「かぐやさんっ……!」
二人が楽しそうに笑った。
「本当だよね~。良く出来てるよ。どこで売ってたの?」
「あ、これは私が作ったもので……」
「そうなんか!? せやったらアイツらのもか!?」
「はい。へたくそなんですけど、見よう見真似で作ってみました」
「いや、それにしても完成度高いよ! なんならデザイナーでもやっていけそうなくらいにね!」
「え……? あ、ああー……」
ミカドの言葉にみのりが目を伏せた。ポケットに入っている新羅との契約書を握り締める。そこに雅を確保した弟達が帰って来た。溌がタンコブを作った雅の首根っこを掴み、かぐやに献上する。
「犯人を捕らえました、姉上。市中引き回しの上、さらし首に処してやってくだせえ」
「ようやったわ」
「か、かぐやっ……! わざとじゃないんだよ! ミカドにも、くさやサイダーの美味しさを伝えたかっただけなんだっ……!」
「思いっきりムカついたと言っていたじゃないか、兄さん」
「ちょ、慶っ! お兄ちゃんを裏切るなんて酷いじゃないかっ!」
「自業自得じゃねえか!」
弟達の裏切りによりしょんぼりする雅に、「もうええわ」と、かぐやがその体をみのりに引き渡した。
「ほえ? かぐやさん?」
「アンタがしっかりコイツの鎖握っときぃ」
「えっ? 私が雅さんの、ですか?」
「せや。アンタのモンやろ?」
「へ? あの、わたし……」
目を伏せるみのりの様子に、かぐやは訝しく雅に視線を向けた。
「何があったか知らへんけど、そないに簡単に断ち切れる程、弱ないで? 人間の心ちゅうモンは。アンタも知っとるやろっ……」
そう言い放つと、「帰るで!」と、かぐやが歩き始めた。
「ええっ? 僕まだ食べてないんだけどっ」
「うっさいわ! 明日も早朝から撮影やろっ」
「かぐやさん……?」
背中に受けたみのりの声に、かぐやが思い出したかのように立ち止まった。
「せや! アンタ、賞金出しぃ?」
「へ? 賞金?」
「百万もろたんやろ? 早う出しぃや」
「あ、うん」
ミカドが賞金の入った袋をかぐやに手渡した。それをみのりに渡す。
「へっ!? かぐやさん!?」
「コレはアンタにやる」
「そ、そんなっ! 頂けませんっ……」
百万円の入った袋を返し、あたふたと拒否するみのりに、「ええから!」と無理やり渡す。
「ウチな、ハロウィンとか言うチャラついたイベントなんか嫌いやったけど、アンタが一生懸命作った衣装は、ホンマに好きやで? センスがある言うんもあるけど、何より着る側のキモチに立った作りが好きや。こないなバカな兄弟ばかりやけど、アンタがコイツらを想ってくれとるのがよう分かる。せやからコレは、アンタにもろうて欲しいんや」
そう言うと、かぐやはレジにあったメモ用紙とペンを取り、そこに書き始めた。再度みのりと向き合う。
「仮装大賞制作部門の部、優勝・四宮みのり殿。貴殿は第一回乙木町ハロウィン仮装大賞において、頬月兄弟の特徴を捉え、またハートフルな衣装をデザイン及び制作されました。よってここに大いなる功績をたたえて表彰します。大会実行委員長、月島かぐや」
その文章が書かれたメモ用紙をみのりに渡した。
「どや? これやったらもろうてくれるやろ?」
「かぐやさん……! わ、わたしはこの賞状だけで十分ですっ」
「いいから、みのり姫。僕なんかよりも、君が受け取る方がしっくりくるし。何かこのカフェの為に使うと思えば、気が楽になるんじゃないかな」
ミカドも笑って正当性を示す。堪らずみのりは溌に助けを求めた。
「溌さあん」
「くれるっつんだから貰っとけ。オメーが使えないっつうんだったら、この店の装飾品や食器なんかを買う経費に回すからよ」
「是が非でもそうしてくださいっ!」
そう言って、みのりが溌に賞金を託した。
「ホンマ欲のない姫やなぁ。ウチとは大違いや」
「自分で言っちゃうところが君らしいね、かぐや姫」
そう笑って、かぐやとミカドは帰っていった。
打ち上げの片付けも済み、風呂から上がったみのりがリビングに入ると、すぐさま狼男姿の慶に壁ドンされた。
「け、けいさんっ……?」
「悪いな、みのり。ずっとこうしたかったんだ。毎日忙しかった上に、今日でハロウィンも終わるから、今しかないと思ってな……」
その体勢が夢で見た光景と重なり、デジャヴを思わせる。
「とても良い子だが、良い子過ぎて逆に食べてしまいたくなる。君を食べても良いか? みのり……」
「えっと……」
耳たぶに触れる慶に、そこを噛まれた夢での感覚が、みのりの背筋を這う。
「あ、あのっ……」
その時、テレビからコニポン。の楽曲が流れてきた。
「あっ、慶さん! コニポン。の新曲ですよ! 一緒に踊りましょ!」
隙をついて、みのりがテレビの前に立った。
「新曲は今までの中で一番テンポが速いから――」
「俺は本気だぞ、みのり」
後ろから抱き締められ、「ひゃっ!」と声が漏れた。
「本気でお前を嫁にするつもりだ。その為ならば、俺達の秘密を話しても構わないと思っている」
強く抱き締められ、みのりはぎゅっと目を瞑った。脳裏に浮かぶのは、あの時の夢と同じく雅だった。耳の中でノイズ音が鳴る。途切れ途切れに、夢の中の雅が蘇ってきた。
「けい、さん、わたし……」
目を開けると、テレビに映るコニポン。の姿があった。それは鬼っ子の姿で、四人中一人は赤色のカラコンをしている。
「あっ……」
一気に夢に見た兄弟が蘇った。彼らもまた、赤く染まった瞳で自分を見下ろしていた。ノイズ音から、雅の声に変わっていく。
『――だって僕は、僕達は……』
赤い瞳の雅が、見下ろして言った言葉。
『怖くて恐ろしい、鬼だからね――』
「あ……」
思い出した夢の一コマに、みのりの体が震えた。
「みのり……?」
「……あの、慶さん。秘密って、もしかして……」
ただの夢だと分かっていても、どうしてか涙が溢れてくる。心臓は、高鳴ることを忘れたかのように落ち着いていた。夢でヴァンパイア姿の雅に血を吸われた首筋に、みのりは手を伸ばした。
「わたし、何か大事なことを忘れてしまっているような……。慶さん、わたし、雅さんのこと……っ」
そこまで言って口を塞がれた。慶に唇を重ねられ、驚きと当時に涙が頬を伝っていく。キスを終え、ペタンとみのりがその場に崩れ落ちた。切ない程に慶に抱き締められ、心がきつく締め付けられる。
「俺にしろよ、みのり。俺がお前を愛すからっ……俺なら兄さんのように、お前を手放すようなことはしないからっ……」
体を離した慶が、みのりの涙を拭った。
「けいさん……」
ドクンドクンと心臓が高鳴っていく。目の前に慶がいるものの、脳裏に浮かぶ雅の姿に、ただただ涙が溢れてくる。どちらを恋しく想っているのか分からない。
「みのり……もう一回、キスしても良いか?」
どうしようもない程に熱く見つめてくる慶に、返す言葉が見つからない。沈黙を肯定と受け取った慶が、勢いのままにもう一度みのりと唇を重ねた。
リビングの外では、ヴァンパイア姿の雅が壁にもたれて立っている。ズボンのポケットから取り出した人形に目を落とし、自分を模ったそれの心臓部分を強く押した。
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