第17話 仮装がしたい



 季節は十月。定休日に、キッチンで契約農家から届いた旬のサツマイモで、雅がドルチェの新メニューを考案する中、ホールでは、みのりと倖がハロウィンの飾り付けをしている。楽しそうな二人の声を、雅はサツマイモを蒸かしながら聞いている。テーブルの上には、イタリア修行時代のレシピを記したノートが広げられていた。

「――どうかな、倖くん! ハロウィンぽい?」

 ホール内をハロウィン仕様に飾り付けたみのりが、全体を見通す倖に訊ねた。

「おお! ケッコー、イイ感じじゃね?」

「ホント? 良かったぁ」

「ああ! しっかしこれだけの飾り、よく全部手作りしたなぁ。器用なのは知ってっけど、ここまできたらもう職人だな! すげえよ、みのり!」

「えへへ~。百円ショップとかの飾り付けも可愛いんだけどね、やっぱり世界一素敵なカフェには、世界に一つしかない飾り付けをしたかったんだ」

「イイじゃねえか! 絵もうめえし、センスもある。とてもじゃねえけど、俺らだけじゃ、こうはいかねえよ!」

 倖に褒められて、みのりが嬉しそうに笑った。壁やテーブルに、ハロウィンレースやジャック・オー・ランタン、コウモリとお城の影画の切り抜きを飾り付け、それらの手作りコースターも用意した。それからもう一つ、みのりには、ハロウィン期間中にどうしてもやりたいことがあった。

「あ、あのね、倖くん。実はもう一つ考えていることがあって……」

「ん? なんだよ?」

「あのね……みんなで仮装したいなぁって思ってて」

「へ? 仮装? って、つまり俺らでコスプレするってコトか?」

「う、うん……。ダメ、かな……?」

 上目遣いで首を傾げられ、天使かっ……! と倖が素早く顔を反らした。

「そ、それは当然オマエもその、……コスプレすんだよな?」

「う、うん。今考えてるのは小悪魔とか、魔女とかだけど……。やっぱりダメかな?」

 天使から小悪魔スタイルのみのりを想像した。そのギャップに、「ぶっ!」と鼻血が噴き出そうになった。

「倖くんっ?」

「ダ、ダメじゃねえよ。俺はイイと、思う……」

 妄想により、限界寸前の倖が顔を隠す。

「そっか! 良かった。あのねっ、衣装も手作りしようと思ってて、皆さんの体のサイズを測りたいんだけど、倖くんも手伝ってくれないかなぁ?」

「別にそれはかまわねえけど、手作りって五人分をか? ハロウィンまで残りひと月もねえんだぜ? 間に合うのか?」

「大丈夫だよ。三週間もあれば全員分作れるから。それじゃあまず、倖くんからね」

「お、おお……!」

 みのりがメジャーを取り出し、倖の腕や胴回りの長さを測っていく。その間もずっと倖は鼻を押さえ、血が噴き出るのを必死で堪えた。

「それじゃあ次は、脚の長さを測るね」

「え?」 

 みのりが目の前で膝をついた。見下ろすその表情が、いつにも増して色っぽい。

(ヤベーっ)

 思わず前のめりになる倖。そこにキッチンから颯爽と雅が登場した。

「二人ともっ、試作が出来たから――」

「ぎゃあっ!」

「って、あれ~ゆきぃ? なーにしてるのかなぁ?」

 意地悪な雅の視線に、「い、いや、これはちがっ! そういうコトじゃなくてっ!」と倖がシドロモドロに弁明する。脚の長さを測っていたみのりが、立ち上がった。

「雅さん! 雅さんのサイズも測らせて頂いてもよろしいですか?」

「サイズ? ああもしかして、ハロウィンでコスプレでもしようって魂胆かな?」

「ダメ、ですか?」

「ううん。この店の初めてのハロウィンだもの。お客さんも僕達も、一緒に楽しめるイベントにしたいし、君の実力ならきっと、レベルの高いものが出来そうだしね。僕は大いに賛成だよ」

 雅がハロウィン仕様に仕上がったホールを見て、満足そうに笑った。

「ありがとうございます! それじゃあ、早速……」

 みのりが雅の体のサイズを測っていく。変わらず生き生きとした表情に、倖は眉を潜めた。

「ありがとうございました。そうだ、雅さんはどんな衣装が良いですか?」

「僕? うーん、そうだなぁ……ヴァンパイアとか、カッコ良さそうだよね」

「ヴァンパイアですね! 分かりました。任せて下さい!」

「うん。楽しみにしてるね」

 笑い合う二人の様子に、倖は違和感を覚えた。それでも何も言わずに、みのりと共に兄達の採寸に向かう。

「――ハロウィンのコスプレか。角カチューシャよりは大分マシだな。いーんじゃねーの? SNSで話題になりゃ、客もわんさか訪れるだろうしな」

 部屋で読書をしていた溌の胴回りを測りながら、「溌さあああん」と、みのりが泣きそうな顔を上げた。

「ど、どーした?」

「ウエスト細すぎますよ~! 私より細いです」

「ブフっ……」と、サイズを書き取りする倖が笑った。

「なっ……! お、おれは男だぞっ! のりピーより細いワケねーだろ!」

「でも、実際細いんですもん……」

「く、くびれはオメーの方がくっきり……」

「ほえ?」

「い、いやっ……! オイコラゆきんこ! オメーナニ笑ってやがんだよ!」

「別に笑ってねえし。俺はクビレなんてねえし」

「よーし、喧嘩売ってんのな。容赦しねーぜ?」

 そんな二人の兄弟喧嘩を止めようと、「溌さんはどんな衣装が良いですか?」とみのりが訊ねる。

「オレは別になんでもいーぜ? のりピーに任せるから。ああでも、人前で着るなら、恥ずかしくねーのがいーな。間違ってもコニポン。衣装とかはやめてくれよ?」

「了解です。お任せ下さい」

「あと一つ、衣装の制作に掛かった分は、ちゃんと領収書回せよ? ハロウィンの飾りに掛かった分の領収書も、いくらか出してねーのがあんだろ? ちゃんと経費があんだから、掛かった分の領収書は全部回せよ? オメーが自腹切る必要はねーんだからな」

「えへへ~。はーい」

 次に慶の下へと向かう。

「――いやぁ~、素晴らしいアイディアだなぁ、みのり! 小悪魔も良いが、魔女も捨てがたい! ああしかし、その場合は、スカート丈を膝上二十センチにして欲しいな!」

「えらくジョウゼツだなぁ、この変態ロリコンシェフは……」

 一層、ここまで正直に気持ちをぶつけられたらと、倖は羨ましく思った。

「えっと、メインはあくまでご兄弟なので。私はオマケですから」

「いーやっ! 私達が仮装したところで、何の面白みもない。その点、みのりのコスプレは、国宝級の価値があるからな! もしかすると、客の男女比率が逆転してしまうかもしれないぞ? そうなったら隠し撮りする奴が現れるやもしれん……! はっ、延いては、ウチの看板娘を如何わしいビデオに無理やりデビューさせようなどと目論む輩も来店しかねんなっ……」

「オイ! 変態クソ次男っ……」

「ありがとうございました。全部測り終えましたよ」

「え? 他にも色んな箇所を測っても良いんだぞ?」

「そういうコト言うから獣扱いされんだぞ、慶兄……」

 それでもにっこりと笑って、みのりが何の衣装にしたいか訊ねた。

「そうだな……狼男とか良いかもな。『悪い子は食べちゃうぞ?』なーんてな」

「ノリノリじゃねえか」

「狼男ですね! 慶さんに似合う狼男の衣装を作りますね! お任せ下さい!」

 みのりが自信げに胸を叩いた。

「そうだ、倖くんの希望を訊いてなかったね。倖くんは何が良い?」

「俺はそうだなぁ……、顔が隠れる衣装だったら、なんでもいいかな。多分絶対恥ずかしくて、顔が赤くなるだろうし……」

「うん、分かった。じゃあ早速私は制作に取り掛かりますね」

「ああ。何か手伝えることがあったら、いつでも言ってくれ。私達も協力するからな」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って、みのりは慶の部屋を出て行った。二人きりとなった部屋で、徐に倖が言った。

「……なんか変じゃねえか? アイツ」

「変? どこら辺が変なんだ?」

「いやなんつうか、雅兄の採寸をした時に、普通だったから……」

 その時の場面を思い返し、ごく自然に笑い合っていた二人に違和感を覚えたと告げた。

「そうか。お前はもっとみのりが兄さんの体に触れる時に、ドギマギすると思っていたんだな?」

「そ、そりゃあ、少しは二人とも意識して、顔が真っ赤になると思ってもおかしくねえだろ?」

「何でお前が真っ赤になっているんだ」

「うっ、うるせえ! これは別に、そういうのじゃなくてだな……!」

「要するに、二人が自然過ぎて、それが逆に不自然だったと、そう言いたい訳だな?」

「お、おお……。アイツ、どうしちまったんだろ。今日、っていうかここ最近、ずっとそんな感じじゃねえ? なんか吹っ切れたとは違うし、諦めたとかでもなさそうで、これじゃあまるで……」

「最初から好きじゃなかった、みたいか?」

 ビクンと倖が肩を上げた。その目をゆっくりと伏せた。

「みのりは、雅兄が好きなんだろ。それは最初からだった気がするし、正直俺らがあの二人に割って入れるような立場でもねえだろ? みのりは姫サマの生まれ変わり、なんだろうし……。雅兄だって、みのりが姫サマの生まれ変わりだって、信じてえだろうし……」

「それはどうだろうな。我々が思っているような気持ちでいるのなら、もっと早くに恋仲にでもなっているんじゃないか? ……だが実際は違う。兄さんは近づくのではなく、相手を遠ざけた。一番大事なものを、みのりから奪ったんだ」

「大事なものを、奪った……?」

 華姫が示唆した雅の所業に、慶が目を伏せる。

「一層、鬼らしく何もかも奪い去ってしまえば良いものを、その存在だけは消せないのだろうな。いくら『血まみれ雅樂ががく』と恐れられた鬼であっても、一度腑抜けになってしまえば、人間のように恋い焦がれる〝キモチ〟が何なのか、分かるだろうに……」

「つうことは、みのりは今、雅兄のコトを何とも思ってねえのか?」

「ああ。恋慕も情慕もなく、ただの仕事仲間。ほんの少しでも情が残っているならば、兄と妹のような関係だとでも思っているかもな」

 顔を上げた倖に向かって、慶が皮肉交じりに言った。

「じゃあ、俺がアイツと恋仲になれるチャンスもあるってコトだよな……」

 その言葉に慶は面喰った。だがすぐに嘲笑を浮かべ、「みのりと恋仲以上の関係になるのは、俺だ」と兄の本気を見せつけた。


 休みの日も仕事のある日も、寝る間も惜しんで、みのりは兄弟と自分の衣装制作に打ち込んだ。来る日も来る日もミシンと手縫いで細部までこだわって、ようやく三週間目で完成した。念願だった仮装での仕事。これからハロウィン当日までの約一週間を、みのりの手作り衣装で接客すると、ホームページ上でも告知した。

 

 夕飯の後、遂に出来上がった衣装を兄弟にお披露目する時が訪れた。テーブルに座る兄弟の前に、白布で衣装を隠した五体のマネキンが並ぶ。顔の部分には、それぞれの名前が記されていたのだが、倖によって書き換えられていた。

 雅の「ドエロ……」慶の「ヘンタイ……」溌の「クビレフェチ……」みのりの「天使……?」

「お兄ちゃん達に随分な渾名を付けてくれたけど、倖は……?」

「俺はテメーらと違って健全だからな!」

 そう言い放った倖のマネキンに、しれっと眼鏡姿の溌が、「童貞クソ四男」と書き換えた。

「ちょっ、ざけんなよ! 童貞にクソつけんなっ!」

「そこなのか?」

 慶のツッコミが済んだところで、一人一人の衣装を披露する為に、みのりが兄弟の前に立った。

「ではまず、雅さんからです!」

 そう赤面しながらも、みのりが雅のマネキンから布を取った。

「おお……! ヴァンパイアかあ~。すげーな。滅茶苦茶カッケーじゃねーか!」

 白シャツに黒のベストとズボン。金色のポーラ・タイ(アグレットには十字架)に、裏地が赤の黒マント。白手袋までついて、その完成度は完璧に近い。

「うん! さっすがみのりちゃんだね。想像以上の出来で、ヴァンパイアになるのが楽しみだなぁ!」

 嬉しそうに笑う雅の隣で、「私は? 私の狼男はどんなのなんだっ?」と、慶が逸る気持ちを抑えきれない。

「では次に、慶さんの狼男さんです!」

「おおっ……!」

 慶が歓喜の声を上げた。紳士風の白ジャケット姿で、紺色のシャツ。胸ポケットからは、赤いスカーフが顔を覗かせている。腕や胸元、太ももなど、所々に爪で引っ掻いたようなダメージ加工がされている。そして何より、狼男の証として、純白のシルクハットから獣耳が飛び出ている。

「これが狼男? ちょっと上品すぎじゃねえか?」

「慶さんらしい狼男にしたくて、イメージ出来たのが、こういう感じで……」

「いやっ! 素晴らしい出来だ! ジェントルマンな中にもワイルドさがあり、つまりは男は皆、心に狼を飼っているということで、突然豹変したとしてもそれは――」

「はいはい野獣野獣。次はオレの番な」

 溌が慶のウザい語りを断ち切った。

「溌さんはその……一番最後でも良いですか?」

「なんでだよっ!」

「すみません! 先に倖くんからでお願いします!」

 溌の追及から逃れるように、さっとみのりが倖のマネキンから布を取った。

「へえ! 倖は警官なんだぁ。しかもイタリアのカラビニエリ(軍警察)の制服じゃない。懐かしいね、慶」

「ああ。イタリアには三つの警察があるんだが、その中でもカラビニエリの制服は、軍服みたいで飛び抜けて格好良いからな。良かったじゃないか、倖」

 黒地の制服で、パンツサイドには、赤のラインが入っている。白い胸ベルトを左肩から掛け、制帽には赤い羽根飾りが付いている。腰にはおもちゃのピストルもある。

「どうかな? 倖くん。きっと恥ずかしがるだろうと思って、少しでも現実味のあるものにしてみたんだ。顔を隠したいってことだったから、恥ずかしい時は帽子で顔を隠せるかなって思って、この衣装にしてみたんだけど……」

「お、おお……。悪ぃ、すごすぎて上手く感想言えねえけど、すげえ嬉しいっ……」

 手の甲で顔を隠しながら、倖は素直な感想を述べた。

「良かった。それじゃあ次は私ですね」

 恥ずかしがるも、みのりは自分の衣装を披露する為に布を掴んだ。

(膝上二十センチっ!)慶のチラリズム願望。

(ナ、ナースとか……?)溌の積年妄想。

(いや、小悪魔だろっ……)倖の当確予想。

 三人の夢が広がる中、その衣装が露わとなった。上から下へと見ていったところで、スカートの部分で「えええっ?」と三人が困惑した。

「えへへ。女海賊さんです」

「へえ。イメージじゃないけど可愛いね。ギャップ萌ってやつかな?」

 頭には赤のターバンを巻き、白のオフショルダー。その上から赤のコルセットを着て、黒のロングスカートの腰には、シルバーの剣が下げられている。

「本当はもっとスカート丈を短くしたかったんですが、慶さんに露出が高いと、如何わしいビデオにデビューさせられてしまうと心配されたので」

 ガーン! と慶が自らの言動に自爆した。

「……ざっけんなよ、テメー。俺らの夢返せっ」

「死ねっ。そしてもう二度と生まれてくんなっ」

 倖と溌が、慶だけに聞こえる声で罵倒した。

「それでは最後に、溌さんの衣装を披露したいと思うのですが……」

 急にモジモジし始めたみのりに、「ど、どーした?」と溌が不安がる。ヴァンパイア、狼男、警官、女海賊ときて、そのクオリティの高さは申し分ない。この期に及んで、自分を最後に持ってきた理由が見当たらなかった。

「溌さんの衣装はこちらです……!」

 その全貌が露わとなった瞬間、兄弟が一斉に噴き出した。溌が絶句して遠い目となる。

「ぷぷっ……うん! 絶対似合うと思うよ、溌っ……!」

「ああ! 流石みのりだな! 溌の特性を良く捉えているじゃないか!」

「よかったなぁ、溌兄! 女装なんて、こういう機会にしかできねえもんな!」

 溌の衣装は『不思議の国のアリス』のアリスで、ブロンドヘアーのカツラに水色のリボンを付け、同色のワンピースと白エプロン、おまけに白タイツだった。首には赤のチョーカーが付いている。

「す、すみません……! 何でも良いと仰ったので、溌さんに一番似合いそうな衣装をって考えたら、アリスちゃんが真っ先に浮かんできて。あの……怒って、ますか……?」

「いや、怒ってねーけど、コニポン。は勘弁してくれって言ったよな?」

「何を言う、溌。アリスのどこがコニポン。なんだ? 全く違うぞ?」

「うるせーなっ! 女装ってだけでもう一緒だろーが! ……マジかよ。なんで寄りにも寄ってオレが女装なんだ?」

「だって溌、一番小っ――」

「ああ?」

 顔に陰を落とした溌が、雅の両頬を挟む。

「ウエストが細えからじゃねっ?」

「ああっ?」

 倖の両頬も挟む。

「女顔だからだろう?」

「死ねっ!」

 慶の額をデコピンで弾き飛ばした。

「何で私だけっ?」

「やっぱり嫌ですよね……。すみません、作り直し――」

「しなくていい」

「ほえ? でも……」

 ふうっと溌が息を吐いた。

「オメーが寝る間も惜しんで作ってくれた衣装だ。無碍には出来ねーよ。それに、オレに似合うと思ったんだろ? ……上等じゃねーか。アリスだろーと女装だろーと、オレに惚れさせてやるよ」

 溌が本気の顔でみのりを見た。

「溌、さん……?」

 こんな風に見つめられるのは初めてで、眼鏡姿の溌が、いつも以上に知的な男性に見える。思わず頬に熱が集まり、ばっとみのりは顔を伏せた。

 溌が雅に目を向けた。宣戦布告とも取れる宣言にも、雅の口元は緩んでいた。

「んっ……」

 突如、みのりがその場にしゃがみ込んだ。

「みのり?」

「どうした? どっか痛いのか?」

「……すみません。急に立ちくらみが……」

「寝てないからだろっ! ここ最近ずっと衣装作ってりゃ、立ちくらみもするわ! よく頑張ったのは分かったから、今日はもう寝ろっ」

「はい……。すみません……」

 溌に促され、自分の部屋に向かおうとしたみのりを、雅が呼び止めた。振り返ったみのりに、「ちょっと待ってて」と言って、雅がリビングを出ていった。帰って来た雅の手には、アイスクリームのようなものが乗せられた皿があった。

「これは……」

「サツマイモのドルチェだよ。季節限定の新メニューにしようと思ってね、サツマイモのセミフレッド(半解凍状態のアイスクリームケーキ)を作ってみたんだ。ハロウィン期間に、仮装と一緒に始められたらと思って試行錯誤してたんだけど、ようやく今日完成したから、君に一番に食べてもらおうと思って準備してたんだ。色々と疲れてるみたいだし、糖分は疲労回復にも繋がるからね。僕のドルチェを食べたら、きっと元気になれるよ」

「雅さん……! ありがとうございます。お部屋でじっくり堪能しますね」

 雅から皿を受け取り、みのりが二階へと上がっていった。

「……今のはズルくないか? 兄さん」

「そう? 僕はただ、みのりちゃんに元気になってもらいたいだけだよ? オーナーとして、従業員の健康を心配するのは当然だしね」

「それでまたのりピーがオメーを好きになったら、どうすんだ? また〝キモチ〟を奪って、全部無かったコトにすんのか?」

「別に俺らはそれでもイイんだぜ? アイツが自分を選んでくれる可能性が高くなるだけだからな」

 弟達の言い草に、「ふふっ」と雅が笑う。

「僕に遠慮しないで、さっきの溌みたいに、どんどんアピールすれば良いじゃない。誰が彼女を射止めようが、僕は最大限の祝福をするつもりだよ?」

「ああ、そーかよ。後悔しても知らねーからな」

 そう言って、溌がリビングから出て行く。

「俺も、兄貴達には負けないぜ?」

 倖もその場を後にした。残された兄弟は互いに顔を合わせることなく、みのりが作った自分の衣装を見つめた。

「男は皆、心に狼を飼っているからな。普段は兄貴面していたって、突然豹変することもある。それは人間だろうが鬼だろうが変わらない。兄だろうと弟だろうと、みのりを射止めることが出来るならば、兄弟の序列もパワーバランスも関係ない」

「そう……、そんなに飢えてるんだ。僕は血さえあれば良いかな。ヴァンパイアだろうが赤鬼だろうが、血にまみれることが、僕にとっては一番自然なことだしね。君が望むなら、『血まみれ雅樂』に戻って、千年前同様、再び規律と仕来りを重視する鬼になっても良いしね。そしたらきっと、みのりちゃんも僕を嫌いになってくれるだろうし……」

 ほんの少し目を伏せて自嘲した兄に、慶が冷めた視線を向ける。

「同情なんてしないぞ? 戻りたければ戻れば良い。みのりが兄さんを嫌いになったところで、俺がそれ以上にみのりを愛せば良いだけだからな。失った分の愛情は、俺で埋めてやる」

 そう強く宣言して、慶も兄の前から去っていった。 

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