運命の人

虹色

第1話



「ねぇ、私のこと覚えていますか?」


 放課後の学校。人気の少なくなった廊下で、私は呼び止められた。

 振り返ると、そこには小柄な女の子がいた。

 黒髪のショートカット。つぶらな瞳が印象的の、大人しそうな女の子。


 だが、私は彼女の顔に覚えがなかった。

 なんとかして思い出そうと努力するも、無駄に終わった。


「ごめん、どっかで会ったことあったか?」

 諦めて、正直に尋ねた。

 彼女は、残念そうに溜め息をついた。

「そうですか、それは悲しいです。ならいいです、ではまた」

 足早に告げると、彼女は私の前から立ち去った。

 

 一体、何だったのだろうか。

 いきなり現れて、すぐに消えた。

 

 まぁいいか。考えても仕方がない。

 私は気持ちを切り替えて、部活へと向かった。


 軟式テニス。中学から惰性で続けている。

 強くもなければ弱くもない。部内でも、上から数えて三番目程度。

 

 昔はもっとやる気があった。

けれど、練習を続けているうちに、自身の上達を感じなくなった。

 

 だから、強くなろうという気はもはやない。

 けれど、部活を辞めるつもりもない。

 辞める理由が特にないからだ。


 そんなことを考えながら、ラケットを手にとる。

 すると、手に取ったラケットがするりと滑り落ちた。

 力が入らない。握力が消失しているような感覚だ。動きはするが握れない。

 ――これでは、テニスは無理だな。

 

 もう一度、自分の手を確認する。グーパー、グーパーと手を閉じたり開いたりする。

 やはり動く――が、右手の小指に糸くずが巻き付いていた。

 赤い糸。色は少しくすんで、少しほつれている。

 しかし、ほどこうとしてもはずれなかった。

 見た目以上にかたく、つよく、結ばれているようだった。

 

 

 私は諦めて、部活からエスケープした。おとなしく、帰宅した。

 今日二回目の諦めであった。

 

「一時間ぶりかな、久しぶり」

 自分の部屋に先ほどの女の子がいた。

 どうやって入ったのだろう。うちの親と知り合いなのだろうか。

 ――そんな疑問はすぐに氷解した。窓があいていたからだ。


「どうも、お久しぶりです」

 とりあえず挨拶を返す。挨拶は大事なことだ。それが、知らない人であっても。

 彼女は満足そうに微笑むと、ぐいっと私に近づいた。


「どうも、運命の人です」

 彼女は、誇らしげに自身の小指を見せつけた。

 私のと同じ、赤い糸が絡まっていた。


赤い糸、運命の人。

 私は理解を諦めた。

 本日三度目。

 諦めてばかりの一日。


 だが、それもきっと悪くはない。諦めることは、失うばかりではないのだから。

 ……たぶん。

 

 

 





 



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運命の人 虹色 @nococox

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