ヒイラギ.13

その日、フィリップは微睡みの中で夢を見た。いつ以来のことだろうか、とフィリップは自問する。初めて女神の命令で人殺しをしなければいけなかった時か。いつになく弱気な表情の女神が、フィリップに泣き言を漏らした時か。それとも、もっと別の、記憶にも残らないようなタイミングだろうか。

夢は、一人の人間の形を描きだした。その人間は完成と同時に人懐っこい笑みを浮かべ、フィリップに笑いかける。

「あたしに何か用か?」

ヒイラギだ。フィリップの目の前に立つヒイラギは、やはり華奢で小柄で、女性的な印象を強く与える。筋肉質な肉体で戦闘に特化したフィリップとは対照的だ。

「いや、別に用ということはないんだ。ただ、どうしても気になっているんだと思う」

「気になる?気になるって、何が?」

首を傾げるヒイラギの透き通る色の髪がさらさらと揺れる。深い藍色の、深海のような冷たさと静けさを秘めた目を彩る目頭、目尻、睫毛。表情のメリハリをより際立たせる鼻と顎。あでやかな唇。目を奪われそうになるのをさりげなく反らしながら、フィリップは答える。

「その外見データの力の入りようだ。君がただのAIだと言うのならば、いくら他人から託された物だと言ってもそうも使いこなそうとしなくてもいいだろう?それなのに君はまるで少女の見た目に男性器がついていることを誇らしく思っているようじゃないか」

何回か瞬きをしてから、上目遣いでフィリップを見つめるヒイラギ。

「……だめか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ。君はそのデータの本来の持ち主が誰かに見てもらうためにそういう格好をしていたのを分かっているはずだ。それなのに、君が住んでいる下水道には誰も来ないだろう?君の振る舞いは、言うなればとてもアンバランスなんだ。あべこべになっている、と言っても良い」

ヒイラギは首を横に振った。

「フィリップ。あたしがきいたことを取り違えてるぜ。あたしが、アンバランスでいたら、だめなのか?って訊いてるんだ」

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