ヒイラギ.12

「時間が遅いからフィリップは休んでて!」と言われ、強制的にネルから追い出されたフィリップは、義体に電力を通し、起き上がる。時計を見れば確かに夜になっていた。夜間の環境再生プログラムの操作など無視して明日のノイズデブリ探しに備えて寝るようにと女神から厳命されているが、それよりも優先すべき事項がある。フィリップは電脳通信用のケーブルを全て取り外し、女神の監視から可能な限り逃れようとする。元々睡眠時には負担を軽くする目的で接続を遮断することが推奨されているから、ここまでは不自然な流れではない。立ち上がり、ベッドに向かいながら、こっそり情報端末を手に取る。余暇のためにと大量の文書・音声データが保存されたデバイスだ。ベッドに仰向けに寝転がり、義体をオフラインにしつつ、利き手とは逆の手で端末を操作する。宇宙開拓時代のデータベースを開いて――これへの接続や何を調べたかを女神が知るには少し時間がかかる――検索開始。

「宇宙船、ヒイラギ」

検索結果は直ぐに表示された。なんてことはない。『ヒイラギ』というのはかつての宇宙船の一つに搭載された防衛システムの名前だったのだ。フィリップの知っている「HII」11978番と名前が違う理由もこれで説明がついた。女神と同じように人格データを持っていて、宇宙船からやって来た。亜空間通信で距離は関係ない上に、女神の電脳空間の前身はその当時からあったそうだから、ヒイラギのようなAIが存在していても不思議ではない。

「でもこれは……」

ヒイラギの搭載されていた宇宙船とは通信が途絶えたままで、行方もつかめていない。従って、亜空間通信によって防衛システムを転送しようとした場合、通信が途絶する前に転送しておく必要がある。そんな酔狂な真似をするとは考えにくいから、今日話したヒイラギは偽物である。そう考えるのが自然だろう。

「彼には言うな、ということか……」

ヒイラギへの疑念が全て晴れたわけではない。あくまでノイズデブリに対して恐怖と好奇心を持っているという確信が得られただけだ。明日も引き続きヒイラギから目を離すな、というのが女神から下された命令の本質だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る