ヒイラギ.8

「騒がしいな。人の家に勝手に上がり込んでギャーギャーと」

よく通る中性的な声がフィリップに文句を言った。見渡しながら、フィリップは叫ぶ。

「家か。所有地という意味ならこの電脳空間は全て我らが女神の物だ。それに、姿を見せろと言ったのに隠れ続けているのはなぜだ。僕ならばこの広場を全て灰にするのも容易い。隠れていても無駄だ」

露骨な溜息が聞こえた。

「大体女神って誰なのさ。あたしはそんな人知らないよ」

ブーツを響かせながら、銀髪の人物がフィリップの前に現れた。背丈や全体の雰囲気から、かなり若い人物であると分かる。14歳の身体では不便だからという理由で義体も電脳体も二十代前半178cmのものを使っているフィリップからは意外に感じられた。確かにこの広場でその身長155cmは不便に違いない。透き通るようなその髪はウェーブがかかっており、肩甲骨まで無造作に伸びている。前髪も長く、赤いヘアピンがよく映える。両目は深い藍色で、不満の色を滲ませながら真っ直ぐにフィリップを見つめている。白磁を思わせる肌に、艶やかな紅色の唇。飾りのない亜麻色のワンピースからのぞく細い手足と鎖骨。腰に平行に巻き付いたベルトには鞘とホルスター――ここには小さな黒い拳銃が収まっている――が付けられていて、ウェストポーチを緩く肩から提げている。右手に持った紙巻き煙草、左手には短剣。対照的にゴテゴテと装飾過多の革製ロングブーツ。どれもこれも拘りの品々で、歩き回るだけでも周囲の処理落ちを招きかねない。

「なに?あたしの顔になんかついてる?」

煙草をポイ捨てして、左足で乱暴に消しながらフィリップに質問する。

「君は、一体何者だ。この広場にしても君の体にしても作るだけの手間に見合っていない。何より、君は女神を知らないのか?」

いきなり押しかけてきて今度は質問攻めか、と肩をすくめながらその人物は答えた。

「あたしの名前はヒイラギ。知ってるか?大昔に地球に生えてた樹の名前らしいんだが、あたしは知らない」

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