ヒイラギ.5

まずはゆっくり歩きだす。都市区画の形状が知っているものと変わっていないことを確認する必要があった。

無彩色の石畳に、赤い煉瓦造りの街並み、くすんだ灰色の空。どことなく湿った風、青の濃い街路樹に生垣。遠くに見える大聖堂、街をぐるりと取り囲む分厚い外壁。目につく景色に変化は見られない。見慣れた、彼女の愛する街だ。彼女はスパコンAIらしく技術の粋が尽くされた街を多く作る傾向にあり、都市区画の多くはその通りになっているのだが、いくつかの都市区画は違う。かつて人間たちが「真に幸福であった」であろうという街並みを再現した場所の一部だ。人間をここに避難させる前から企画上存在していたものを、彼女は、「無限みたいなものだから」と笑いながら作り直した。故に、街としての見栄えが第一に考えられているため本来ならば存在しているはずのインフラが全くない。水道も電気も燃料も住宅から先は途切れている。だから都市区画でノイズデブリを探索するように依頼された神徒たちも石畳の上を歩き回り、住宅全てを隅から隅まで探す。それで見つからないとしても、隠れているのだと決めつけて、それ以上探すことはない。

「彼女はあれで頭が固くて貧乏性だってことくらい、話せば分かりそうなものだけれども……」

大昔の技術を全て再現したとなれば、どれだけ見栄えに拘ろうと現実で再現できる技術でどうにかしようとするのが彼女だ。

「あった、ここだ」

石畳の道の一角、見覚えのある丁字路。休暇中に彼女の制止に全く耳を貸さずに数時間探し回って見つけた下水道の入口が、足元にある。人に優しい彼女は、自分にも優しい。だから、下水道の入口を動かすなどという真似は絶対にしない。しゃがんで下水道の蓋を開けて、中に入る。案の定、神徒たちが探した痕跡はなく、更に予想通りのことに。

「いる、な」

ごくわずかであるが、都市区画を侵食するノイズの痕跡が見つかった。異臭を放つ泥に見えるそれは、点々とどこかに続いている。地上に見られなかったノイズの痕跡は油断か罠か。選択肢は最初から一つであるのに、フィリップは少し立ち止まった。

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